ニコラス・アミコ(Nicolas Amico):キアリ奇形、脊髄空洞症

手術日:2012年7月5日 イタリア人 ニコラス・アミコ君の術後5年目の様子 2017年6月21日 ニコラス君のMRI画像 終糸システム®適用での終糸切断手術前 終糸システム®適用での終糸切断手術後 2017年に行ったMRI画像の診断報告書には、「脊髄空洞症において第6頸髄-第1胸髄内の明らかな空洞減少が確認できる」との記載がありました。 みなさん、こんにちは。僕の名前はニコラスです。6歳で、ミラノに住んでいます。 僕が3歳の時、アーノルド・キアリ奇形I型と脊髄空洞症という変な病気が見つかり、パパとママは動揺していました。それから、色んな先生に診てもらって電話やメールでもやりとりをしていました。でも、どの先生も大後頭孔減圧術がただ一つの治療法だと言って両親に勧めていました。その答えに納得できなかったパパとママは、他に治療法はないかとインターネットで探し始めて、バルセロナキアリ研究所のホームページを見つけました。まずはバルセロナまで診察を受けに行って、その時ロヨ先生からすぐに終糸切断手術を受けるように言われました。 最初、ママは終糸切断手術の効果を疑っていたので、イタリア人で終糸切断手術を受けた人に連絡を取っていました。その人達と話した後、両親は僕に2012年7月5日に手術を受けさせることを決めました。 手術の前の日の夜に入院して、次の日の朝10時に手術室に運ばれました。両親と離れたくなかったので僕は大泣きしましたが、手術は1時間もしないで終わったので、すぐに両親に会うことができました。それからちょっとして、今まであった症状に変化が現れました。おねしょや転倒することがなくなって、無呼吸になる回数も半減して、声質もよくなりました。今は同級生と同じようにサッカーをしたり駆け回ったり、ジャンプしたり妹とけんかしたり、普通の生活を送っています。 術後経過を見るために今年(2015年)の3月13日にMRIを撮りましたが、その検査から、術前以降、病気が悪化していないことがわかりました! 2015年7月1日、術後検診のためバルセロナに行きました。そこで、左腕の反射がないことがわかり、これは脊髄空洞症が原因だと言われましたが、その反射の異常が手術の前にもあったのかはわかりません。それは、僕がまだ小さくて(先生の前でいつも泣いていました)、先生に身体検査をさせなかったからです。術前の身体検査の結果がないので、先生達はいつ反射の異常が出たのかわかりませんが、比較的体調はよくて、僕と同い年(7歳)の子供と同じように普通の生活を送れています。 ロヨ先生とジョイアさん、それから研究所チームのみなさんには大変お世話になりました。特にロヨ先生には、感謝してもしきれません。人生のすべてを僕の病気の研究に捧げてくれたロヨ先生は、僕や僕と同じ病気で苦しんでいる人の人生を変えてくれました。 患者のみなさん、どうか最後まで希望を捨てないでください。希望こそが前に進む活力です。人生は一度きり、だから笑顔を忘れず、毎日を楽しんでください。 みなさん、さようなら! ニコラス・アミコ 連絡を取りたい人は、ママのエレナに連絡してください。 電話番号:+39 327/1887662
イタリア人3兄弟:キアリ奇形、神経頭蓋脊柱症候群、終糸病
手術実施年:2014年と2016年 イタリア人 みなさん、こんにちは。 私たち夫婦は素晴らしい3人の子供に恵まれましたが、不幸にも3人ともキアリ奇形を持って生まれました。当時の私たちは、キアリ奇形という病気が存在することすら知りませんでした。 長女に病気の症状が出始めたのは、娘がまだ小さいときでした。周期的な嘔吐に加え、成長とともに頭痛や音と光に対して敏感になるようになりました。娘がどんな病気を抱えているのか調べるため、イタリア中の病院を回りました。バルセロナキアリ研究所で診てもらう前に訪れたローマの病院では、神経内科医長に診てもらいましたが、先生からは単なる頭痛だから、これ以上検査をする必要はないと言われました。長女が頭痛のほか、脚の疲れやめまいなども訴えていると話しましたが、それでも単なる頭痛と言うだけでした。 診断に納得がいかなかったので、ローマにあるもう一つの病院に行き、そこでは細かく診てもらえ、MRI検査を受けるように言われました。しかし、その病院の放射線技師から「キアリ奇形II型」という誤診を受け、そこから私たちの苦難の道が始まりました。私たち夫婦はインターネットで必死に情報を集め、イタリアやアメリカの有名な病院にコンタクトを取りました。最終的にスペインにあるバルセロナキアリ研究所に連絡を取り、すぐに長女の病気がキアリ奇形I型だとの回答が来ました。その後バルセロナキアリ研究所について調べ始め、手術を受けた人に電話もかけたりしました。そして、バルセロナキアリ研究所を信じて、長女に手術を受けさせることにしました。 長女の人生は、手術を受けた日から変わりました。術後の1ヶ月検診でバルセロナに戻った際に、術前は100メートルも歩けなかった娘が、術後は10キロも歩けるようになっていました。術前は、頭痛で車内で音楽を聞くことなんてできなかったのに、術後は問題なく音楽を聞いていました。 長女のことがあったので、もう2人の子供にも似たような症状が出ていることにすぐに気づきました。そこで、二人もバルセロナに連れて行き手術を受けさせました。手術の結果は素晴らしいものでした。 ロヨ先生、フィアヨス先生、イタリア語担当のエレナさんとジョイアさんはじめ、すべての研究所チームのみなさんに心から感謝申し上げます。研究所のみなさんには私たち夫婦、そして子供達の人生に新しい希望の光を注いでくれました。 お父様のファビオさんの連絡先: +39 335.6043769
ニエベス・ワン(Nieves Wang):キアリ奇形、頚椎椎間板症、脊髄牽引症候群
手術日:2011年6月 中国人 みなさん、こんにちは。 2010年に自分の病気を治してくれる医師に会うまでの辛い道のりについて記事を書いたのですが、今回それをここでみなさんに共有したいと思います。書いた当時は、スペインでの治療が嘘か本当かわからなかったので、実際の情報を得るためにインターネット上に私の書いた記事を公開することにしたのです。 私はバルセロナキアリ研究所で手術を受けた3人目の中国人患者です。最初に治療を受けた中国人女性の一人から電話をもらい、「ワンさんの公開した記事を読んで感銘を受けました。私はバルセロナから治療を受けて帰ってきたばかりですが、手術の効果は本当です!バルセロナの治療が都市伝説なんかではないことを私が保証します」と、バルセロナキアリ研究所にたどり着くまでの詳細をその女性から聞くことができました。 そこで私は同じ病気で苦しんでいる人が間違った道を選んでしまわないように、自分の体験談を共有することにしました。バルセロナでの治療は、確かで間違いのない選択だったと思います。20年前に終糸切断手術を受けられていたのなら、今まで味わった痛々しい経験をせずに済んだでしょう。 今でも歩行困難や咳、嘔吐などはありますが、術前に比べればだいぶ良くなったので、治療の効果に大変満足しています。一番重要なのは、終糸切断手術を受けて病気の進行が止まったことです(これが終糸切断手術を受けた目的でもあります)。 バルセロナの街は大変美しく、手術直後は傷口が少し痛みホテルで休んでいましたが、3日後には主人と一緒に観光をしたり、シーフードを食べたり、買い物をしたりして楽しむことができました。 メールアドレス: [email protected] ———— 2010年にインターネットに掲載した記事 ———– “辛い道のり” 私はニエベス・ワンで、49歳です。多くの皆さんと同じように、素晴らしい主人と娘に恵まれて素敵な人生を送っているように見えますが、現実は少し違います。私はキアリ奇形という非常に稀な病気を患っていて、毎日痛みとストレス、恐怖の中で生きています。 20年前からうまく歩けなくなっていることに気づき、よくドアの敷居でつまずいていましたが、当時は家族のことや育児、仕事が忙しすぎて特に気には留めていませんでした。しかし、いつからか自転車でバランスを崩して転倒するようになり、ハイヒールも履けなくなり、娘の世話もできなくなってしまい、1991年に主人とともに病気を治してくれる医師探しを始めました。診てもらった先生はそれぞれ言うことが違い、一人はリューマチや脳萎縮、もう一人は脳血管に問題があると言っていました。西洋医学から東洋医学にわたって多くの病院を受診しました。鍼治療、電気治療、占いなども試しましたが、病気は改善するどころか悪化していきました。 ある日、一人の先生から私は難病を患っていて、薬物治療では治らないから外科治療が必要になるけれど、手術のリスクが高い割に病気の進行は止められない治療だと言われ、経過観察を勧められました。 時は経ち、2000年になりました。当時すでに歩行時にバランス感覚を失うことがあり、立っている時の不安定、咳や嘔吐、頭痛、不眠症などがありました。同年10月19日、不本意ながら大後頭孔減圧術を受けることにしました。あの時の痛みは決して忘れません。手術は5時間にもおよび、頭部を14針も縫いました。術後1ヶ月間は熱が出て、主人と妹が交代で私の面倒を見に病院に来ていました。36日間、主人は病室のベッドの横にあるソファーで寝泊まりしていました。そんな主人の姿に感動して感謝でいっぱいになりましたが、同時に主人の疲れ切った表情や私のことを心配している姿を見て、悲しくて涙が溢れました。 術後少しは良くなりましたが、すぐに悪化していきました。私が外出するたびに、近所の人には「朝から酔っぱらっているのかい?飲んでばかりいたら脳血栓になるよ」と言われました。ひどいと思いませんか!?人をバカにした態度や発言に、私は笑って返すべきか泣くべきなのかわかりませんでした。健康な人を羨ましく思い、デパートで素敵なハイヒールを見てはいつかこれを履いて歩いてみたいと思ったりもしました。 2006年、娘が大学進学のためにうちを出たので、主人とともに再度北京の“専門家”の元を訪れました。この専門家には「大後頭孔減圧術をすでに受けたのなら、何のために診察に来たのですか?この病気は完治しない病気ですよ」と冷たく言われて診察は終了。その言葉にショックを受けて、その場で泣いてしまいました。当時の症状は歩行困難、直立時の不安定、ひどい咳や嘔吐、嚥下困難、不眠症で、私は「確かにそうだ…大後頭孔減圧術の再手術を受けるくらいなら、その前に死んだほうがマシだ」と思いました。しかし、最終的に私は諦めませんでした。毎日医学の進歩、奇跡に出会えるのを信じて自分の病気に関する情報を探し始めました。病気の進行によって便失禁や麻痺が起こることや、痛みが原因で亡くなった症例もあると知り、もしかして私も将来こうなってしまうのでは?と考えたりもしました。 2010年に行ったMRI検査の報告書には、3ミリの小脳扁桃下垂があると書かれていました。偶然にも、私の患っている病気の進行を止められる治療を行っている専門機関の情報を見つけました。手術時間はたったの45分で、体に負担のかからない治療を提案しているそうです。痛みはなく、手術の翌日には退院できるとのこと。それを聞いて私は数日間興奮していました。伝説?それとも夢?とにかく信じられませんでした。辛い道のりではなく、穏やかで幸せな人生が待っていることを切に願っています。 ニエベス・ワン 2010年5月10日
レオナルド・コルチーニョ(Leonardo Coutinho):キアリ奇形、神経頭蓋脊柱症候群

手術日:2015年7月 ブラジル人 息子のレオナルドに症状が現れたのは3歳の時でした。複数の小児科と神経内科を受診し、頭部・脳部のMRI検査を受けましたが、確定診断には至りませんでした。病院では偏頭痛と喘息持ちの患者として息子は扱われましたが、私はどこかでそうではないと感じていました。 息子は遊んだり走ったりしていたものの、後頭部の痛みや呼吸困難を訴えることがよくありました。痛みを訴える日が続き、ついに5歳になったある日、いとこと鬼ごっこをして遊んでいた息子が私に近づいてきて、ほとんど呼吸ができていませんでした。パーティーの最中でしたが吸入器を取りに家に帰り、そこでレオナルドは気を失いました。もう息子の命は助からないと思いました。その時(私自身が喘息持ちなのもあり)、息子が患っているのは喘息や偏頭痛のようなものではないと確信しました。 翌日、病院でMRI検査の再検査をお願いしました。検査後すぐに神経内科の先生から脳神経外科を受診するように言われました。脳神経外科医との診察では、早急に大後頭孔減圧術の検討を促されました。当時、息子は笑うことさえできず、無理に笑おうとすると呼吸困難になり、その度に病院へ駆け込んでいました。息切れは呼吸中枢がある延髄の圧迫によって起きていました。実際、息子の延髄は小脳扁桃によってかなり圧迫されていました。 2013年6月5日に大後頭孔減圧術が行われました。術後はとても辛いものでした。レオナルドは痛みを訴え、嘔吐を繰り返し、鎮痛剤を飲まなければならない日々が続きました。息子は4日間集中治療室で治療を受け、その2日後に退院。それから約15日間は頭を上げることができず、とても痛がっていました。術後は本当に大変でした。 術後9ヶ月間のレオナルドの体調はとてもよかったですが、9ヶ月経って術前の症状が戻り、吐き気や嘔吐を伴った頭痛が日常的に起こるようになりました。脳神経外科を再受診し、そこで大後頭孔減圧術よりも体に負担のかかる外科治療を勧められました。それは頸部をプレートで固定し、頸部の可動域を40%に減少させてしまうリスクの高い手術だったので、息子には受けさせたくありませんでした。それは息子に一生頸椎カラーを装着する人生を送らせてしまうようなものです。 2015年7月、バルセロナに向かいました。 そこではキアリ奇形だけではなく、初期の脊髄空洞症も見つかりました。手術は7月16日に行われ、翌日には退院でした。術後、傷口が痛むぐらいで、他はほとんど痛みを感じなかったようです。嘔吐も頭痛もありませんでした。手術から5日後、私たち家族はバルセロナ観光をしましたが、一日中地下鉄での移動にもかかわらず、レオナルドは一度も痛みを訴えることはありませんでした。 現在、息子は遊んだり走ったり、サッカーの練習(もう呼吸困難になることはありません)をしたりと、普通の生活を送っています。頭痛はほとんどなく、足の感覚も戻ってきたようです。鼻声だったのも改善し、背中の痛みを訴えることもほとんどありません。以前は(13時から15時の短縮授業の時でさえも)学校へ行きたがらなかったのですが、今は学校へ行くのを嫌がらなくなりました。 バルセロナでの手術を受けてから痛みを訴えたのは数えるほどです。最初、息子をバルセロナに連れて行くべきか迷ったのは事実です。それはブラジルのどの医師からもバルセロナでの治療を勧められなかったからです。しかし、私が息子にバルセロナの治療を受けさせようと思えたのは、すでにブラジル人で終糸切断手術を受けた患者さんの存在、体験談があったからです。 息子にとって終糸切断手術は確かに効果があったので、キアリ奇形や脊髄空洞症を患っている人にぜひバルセロナでの治療を勧めたいと思います。 他に情報が必要な方はいつでもご連絡ください。 連絡先:[email protected]
アブダラ・アルジョハニ(Abdallah Faisal Aljohani):キアリ奇形I型、脊髄空洞症、脊柱側弯症

手術日:2016年4月 サウジアラビア人 私の名前はファイサルで、15歳になる息子アブダラの父です。私達家族は、現在サウジアラビアに住んでいます。息子に代わって私達夫婦が、バルセロナキアリ研究所での治療に至った経緯をお話したいと思います。 アブダラの初期症状は、左手の筋萎縮と左半身の感覚障害(50%)でした。その後、めまい、頸部拘縮、胸部痛(落馬後に悪化)などの症状が現れました。2015年から病状は見る見るうちに悪化し、サウジアラビアの先生に脊髄空洞症と診断されたのはその時で、早急に大後頭孔減圧術を受けるように言われました。 手術に抵抗があったので、インターネットで脊髄空洞症の治療に詳しい病院を捜し始めたところ、バルセロナキアリ研究所とロヨ研究所所長の情報を見つけました(偉大なフィアヨス先生、丁寧な患者ケアをしてくださった研究所チームのこともここで言及したいと思います)。 すぐにバルセロナキアリ研究所のアラビア語担当のサファさんに連絡を取り、2016年4月20日に診察を予約しました。診察後、先生から終糸切断手術で息子の病気を治療する必要があると言われ、翌日の4月21日に終糸切断手術を受けさせ、無事に治療を終えました。術後、明らかにアブダラの病状は改善されました。 フィアヨス先生、アラビア語担当のサファさん、そして研究所チームのみなさんには心から感謝申し上げます。 ファイサル-サアド・アルジュハニ 連絡先:[email protected]
オルガ・グリエバ(Olga Gureeva):キアリ奇形I型、複数の椎間板症、終糸病

手術日:2015年6月 ロシア人 私の名前はオルガで、ロシアのトヴェリ市出身です。現在28歳です。小学校の頃から頭痛、めまい、吐き気、嘔吐、疲労感、衰弱感などがありました。医者には身体検査もされないままジストニアと診断され、数年が経ちました。2006年に転倒して頭を強く打った後に意識を失い、ほお骨を骨折しました。それからひどい頭痛やめまい、吐き気もあって、年に数回は下肢の拘縮もありました。それはスケート場で滑っている時や、道を歩いている時、家にいる時にも起こり、あまりにもひどい痛みだったのでまっすぐ立っていられませんでした。私はその時に、何かの病気から来るものではないかと思いましたが(今思うとあの時の勘は間違っていませんでした)、特に何もせずそれから6年間、同じような症状がありました。 2012年、階段から転倒して背中を強打、数日間背中の痛みが続きました。それから1ヶ月後、脚に力が入らなくなって、痙縮、しびれもあり、初めて歩行に障害が出て、どうしていいのかわからなくなりました。足の指が動かせなくなって、急に歩くことが困難になり、短距離でさえ私には長い道のりに思えました。頭痛もひどくなり、後頭部の痛み、顔から首にかけての緊張状態、腰痛、頸痛、手に力が入れられませんでした。3年間の検査と診察、入院にもかかわらず病名は不明のままでした。明日何が起こるのかわからない状態でどうやって生きていけばいいのか途方にくれ、人生で一番辛い時期を過ごしました。 それから3年後、アーノルド・キアリ奇形I型と診断されました(医者の中には、小脳扁桃下垂が数ミリ程度のうちはキアリ奇形ではないと言う人もいました)。やっと病名がわかり、ほっとしたのを覚えています。先生には、キアリ奇形の治療として大後頭孔減圧術があるけれど、この手術は体が完全に機能しなくなったら行う手術だとし、そのような状態になるまで待たなければならないと言われました。体が動かなくなるまで何もしないで待つなんて考えられないし、ましてや家族の負担になるなんて恐ろしいことは絶対にあってはならないと思いました。その頃、大後頭孔減圧術以外の治療法として、バルセロナキアリ奇形&脊髄空洞症&脊柱側弯症研究所(バルセロナキアリ研究所)での治療を勧められていました。早速バルセロナキアリ研究所に検査画像を送り、研究所から終糸切断手術という手術が受けられるとの連絡がありました。手術費用のために貯金を始め、寄付も募りました。その間に容態は急変し、脚に力が入らなくなっていきました。歩くのもやっとで、手術の1ヶ月前には杖がなければ一人で5分も立っていられず、100メートルか200メートルぐらいしか歩けませんでした。手術に間に合うかとても不安でした。 終糸切断手術の前に先生から言われたのは、手術によって病気の進行を止められるということだけで、病気だったことを忘れるぐらい術後に大きな変化が期待できることは約束されませんでした。手術は2015年6月30日に行われ、術後に変化が感じられました。先生には、回復には時間がかかるだろうから、術後はフィットネスバイクや運動などをするように勧められました。最初の数ヶ月はとても大変でした。術後の病状はよくなったり悪くなったりと不安定で、この時期はとても辛かったです。一生続くのではないかと思ったほどですが、時間が経ちようやく安定してきて、急に病状が変わるということはなくなりました。この期間にリハビリを始め、かなりの効果が得られました。リハビリ後は運動やフィットネスバイクをし、1日1キロから2キロほど歩けるようになりました。毎日健康のために努力し、手術から8ヶ月経って、体調が改善されているという実感がありました。現在、頭痛はほとんどなく、1日に数キロ歩けるようになり、術後出なくなった症状や、症状が出ても痛みは軽減されました。体力もつき、前向きに自分の人生を考えられるようになりました。手術前は実現不可能だと思えたことが今は可能に思え、実際に実現できたこともありました。 ロヨ先生、フィアヨス先生、そしてバルセロナキアリ研究所チームのみなさんには、幸せで健康でいられる人生を取り戻してくれたことに、家族一同心から感謝申し上げます。バルセロナキアリ研究所チームのみなさんの今後ますますのご成功とご健康をお祈り申し上げます。 メールアドレス: [email protected]
アンブロジ(Ambrogi)さん家族

アジベ・アスラニ(Asibe Asllani):キアリ奇形I型、脊柱側弯症、脊髄牽引症候群 メラニー・アンブロジ(Melanie Ambrogi):キアリ奇形I型、脊髄空洞症、脊髄牽引症候群 ジェニファー・アンブロジ(Jennifer Ambrogi):キアリ奇形I型、脊柱側弯症、脊髄牽引症候群 バレンティーナ・アンブロジ(Valentina Ambrogi):キアリ奇形I型、脊柱側弯症、脊髄牽引症候群 アルバニア人・イタリア人 メラニーさんのMRI画像 終糸切断手術前 終糸切断手術後 アジベさんの体験談(動画): 私の名前はアジベ・アスラニで、43歳です。アルバニアで生まれ、1994年からイタリアに住んでいます。1995年に主人のバレンティーノと知り合い、その数ヶ月後に結婚しました。私達夫婦は3人の娘を授かりました、1996年にバレンティーナ、2004年の9月に双子のメラニーとジェニファーが生まれました。 今回私がお話することは信じられないかもしれませんが、実際に私が体験したことです。数年抱えていた重荷を少しでも軽減できればという思いと、おそらく私や私の家族のような状況に置かれている人に希望が与えられるのではないかと思い、ここで共有しようと思いました。 すべては双子が生まれた時に始まりました。私は14歳の時から健康面で問題を抱えていましたが、双子が生まれてからさらにその状況は悪化しました。いくつか検査を受けて、私が重度の脊柱後側弯症を患っていることがわかりました。その時やっと幼少時代からあった背中のこぶの正体がわかりました。それ以降、痛みを軽減するために理学療法を受けましたが、治療の効果はほとんどなく、効いたとしてもほんのわずかの時間だけで、治療を受けた後には決まって痛みがぶり返すようになりました。その他に鎮痛療法も受けましたがやはり効果はなく、むしろ食道裂孔ヘルニア(4度)を引き起こす結果になりました。それと同時期の2005年9月のある日、まだ1歳にもなっていなかったメラニーは無熱性痙攣を3回起こし、グッビオの病院に運ばれた後、緊急でペルージャの病院に搬送されました。様々な検査を行った後、メラニーがサイトメガロウィルス、地中海貧血、ロタウィルスに感染していて、それらが痙攣の原因だろうと言われました。娘はまだ11ヶ月だったので、健康状態をもう少し詳しく診てもらうためMRI検査をお願いしました。そしてその結果、メラニーがアーノルド・キアリ奇形I型を患っていることがわかりました。ただ、医者には大した病気ではないから心配しなくていいと言われました。 メラニーは双子のジェニファーに比べて身長があまり伸びず、歩くのも遅く、便秘がちでした。2006年に2歳になって再度MRI検査を行ったところ、やはりキアリ奇形は存在していました。何か妙なことが起こっているのではないかといても立ってもいられなくなった私は、脳神経外科医の診察をお願いしました。脳神経外科の先生に娘を診てもらった後、先生には心配しすぎだと言われました。それ以降、メラニーの症状は悪化していきました。ひっきりなしに泣き、痛みで身をよじることがありました。 2008年3月にメラニーは3回目のMRI検査を受け、そこで新たに脊髄空洞症(第4頸髄-第7胸髄)を患っていることがわかりました。メラニーはペルージャの病院に入院後、ローマのジェメッリ病院に転院することになりました。私の39歳の誕生日に、娘にとって初めてとなる手術、大後頭孔減圧術と小脳扁桃の切除、さらに硬膜形成術を受けました。手術から4日後、傷口から髄液が漏れメラニーは20日治療を受けました。 2008年5月30日、術後検診で受けたMRI検査で髄液に問題があることがわかり、再度メラニーは手術することになりました。それから1週間後、退院許可が下りてグッビオに帰りました。しかしその後もメラニーは不調を訴えて続け、座っている時でさえ平衡感覚を失っていました。そして術後に受けたMRI検査で、脊髄の空洞が第1頸髄から第11胸髄まで広がっていることがわかりました。 多くの医者や専門家の意見を聞こうと、主人と一緒にウーディネからボローニャ、フィレンツェからローマとイタリア中を回りました。すべての医者に、頭部のほかの手術を受けるように勧められましたが、私達夫婦はもう二度とメラニーに同じような手術を受けさせないと決めていました。 2010年の夏に行われた地元のお祭りで、キアリ奇形について話している人たちに偶然会いました。その人たちはバルセロナの私立機関で体に負担の少ない手術を受けた知り合いの話をしていて、手術のおかげで健康問題の大部分が改善できたと言っていました。私は早速バルセロナキアリ研究所のホームページで、キアリ奇形に関して情報を集め始め、アーノルド・キアリ奇形を患っている人が世界中にたくさんいるということに大変驚きました。怖い気持ちもありましたが、勇気を持ってスペインでメラニーに手術を受けさせるという選択肢を真剣に考え始めました。ただ、決断する前に一度、終糸切断手術を受けた女性、ロザンナ・ビアジョッティ(Rosanna Biagiotti)さんに話を聞いてみることにしました。 ロザンナさんは私を温かく迎えてくれ、病気に対する希望を与えてくれました。ロザンナさんにメラニーと歩んできた今までの道を話すと、直接バルセロナの先生に診てもらった方がいいと提案してくれました。同年11月、娘の病気の答えを見つけるため私は希望とともにメラニーとバルセロナへ向かいました。私が持っていったMRI画像をロヨ先生が見ている間、私達は座って待っていましたが、その間メラニーは先生たちの顔を描いていました。ロヨ先生には、メラニーの場合は無呼吸症候群を患っていて心肺機能に影響が出ているから、このままだと死につながる恐れがあり、すぐにでも手術を受けさせたほうがいいと言われました。また、先生から終糸切断手術がどういう手術なのか、手術費用はどのくらいかなど詳細に説明を受けました。手術費用に関して言うと、当時主人は失業していて、私もパートで働いていたので、どうやって手術費用をまかなおうか不安だらけでしたが、とにかくメラニーが手術を受けられるようできる限りのことをやらなければと思いました。スペインへの冒険、ロヨ先生の言葉、手術を受けた人の体験談から、メラニーを救うにはもう終糸切断手術しかないと思いました。 手術に必要な資金をなんとかするため、グッビオに戻るとすぐに地元の教会の司祭様のところにメラニーの小児科医と足を運びました。Agnese協会に連絡し、私の置かれている状況を話すと、Agnese協会がメラニーの手術費用全額を支援してくれると言うのです。数週間もしないうちに手術費用は集まり、1ヶ月も経たないうちにバルセロナに戻ることができました。その時私は、これまでの恐怖や苦労が報われ、天からの恵みを受けたような気がしました。 2010年12月、メラニーは終糸切断手術を受けました。術後すぐに病状が良くなり、もうメラニーが痛みで泣くようなことはなくなりました。手術から3日後、退院許可が出てグッビオに帰りました。ロヨ先生が手術の前に言っていたように、すべては順調にいっているように見えましたし、信じられないことかもしれませんが、実際すべて順調にいきました!メラニーが手術前にかかえていた痛みは消え、メラニーはやっと本来の人生を歩み始めたのです。 2011年1月、メラニーの術後検診でバルセロナに戻る時、私は双子のジェニファー(メラニーと違って一切症状はありませんでしたが)も連れて行きました。メラニーの診察でロヨ先生に初めて会った時、先生は私が脊柱側弯症でMRIを撮っていることを知っていて、メラニーと同様私の健康問題もキアリ奇形から来るものかもしれないからMRIを送るように言われていましたが、私の一番の心配はメラニーだったので、ずっと準備せずにいました。それに脊柱側弯症はかなり進行していたので、手術では治らないと思いずっと先延ばしにしていました。また、メラニー以外にジェニファーもアーノルド・キアリ奇形と脊髄牽引を患っていることが脊柱のMRI検査でわかり、私の健康問題を心配している余裕はありませんでした。 それから2ヶ月後、ロヨ先生は会議のためにイタリアのトリエステに来ていたので、私達もそこに行き、先生にジェニファーのMRIを手渡しました。その後、ロヨ先生にジェニファーがメラニーと同じ病気を患っていることを確定され、終糸切断手術が適用されるとの返事が返ってきました。私は再度メラニーの時と同じようにAgnese協会に連絡を取り、ジェニファーの手術費用を援助してくれるとの回答を得ることができました。 2011年12月21日にジェニファーの手術が行われ、無事に成功しました。2012年2月に術後検診のためバルセロナへ渡り、その時は私のMRIと長女のバレンティーナ(当時まだ症状はありませんでしたが)のMRIも持っていきました。 ロヨ先生には、アーノルド・キアリ奇形は遺伝性疾患で、私の持っていた病気が娘たちに遺伝したため、長女のバレンティーナ、そして私も終糸切断手術を受ける必要があると言われました。再度Agnese協会と話をし、バレンティーナの手術費用も援助してくれることになりました。また、私の手術費用に関してはADA協会が資金援助してくれることになりました。 友人のデブラに付き添ってもらい、私は5月22日に人生初めての手術を受けました。その後1ヶ月もしないうちに、娘のバレンティーナも手術しました。手術がいかに効果的だったかを自分の肌で感じ、大変驚きました。実際、脊柱の側弯は目に見えるほど明らかですが、もう以前のような痛みはなく、肉体的にも精神的にも生き返ったようでした。力がみなぎり、その力がどこから来るものなのか自分でもよくわかりませんでした。すでに術後の病状に満足していましたが、数ヶ月経った現在でもさらに調子がよくなっているので、本当に嬉しい限りです。 この経験を通して、私を支え、前に進む勇気と力を与えてくれるたくさんの素晴らしい人に出会いました。手術費用を援助してくれたAgnese協会とADA協会には本当に感謝しています。そしてルカさん、UNITALSI協会、パナタ先生、マルツィア・レオナルディ先生、そしてロザンナ・ビアジョッティさんをはじめとする多くの方にお礼申し上げます。最後に、信じる心と希望を与えてくれた神様にも感謝しています。これから私は、神様へ感謝の気持ちを伝える手段として、信仰教育を受けようと思っています。 連絡先:0039 3292971877
マリア・プラド(Maria Sol Prado Perez):キアリ奇形、脊髄空洞症

手術日:2010年7月 スペイン人 私の名前はマリア-ソル・プラド-ペレスです。49歳で、現在スペインのレオン県ポンフェラーダに住んでいます。約4年前にバルセロナキアリ奇形&脊髄空洞症&脊柱側弯症研究所のロヨ先生と医療チームに終糸切断手術をしてもらいました。 少しでもこの病気で苦しんでいる人の役に立てればと思い、ここで私の体験をお話したいと思います。 私は全くといいほど自覚症状がなかったので、一度も自分が病気であることに気づいたり疑ったりすることはありませんでした。それが2009年11月に交通事故に遭ったせいで検査を受け、A.慢性頸部痛B.首の凝りC.回転性めまいD.右上半身の感覚鈍麻と診断されました。鎮痛薬と筋弛緩薬を処方され、リハビリも受けることになりましたが、薬のせいで体調は悪化していきました。その結果、A.首の凝りB.頸部痛C.右腕、右手、首の付け根、右胸、背中(右側)の感覚鈍麻D.嚥下障害(固形物)E.右耳の違和感などの症状が現れました。 痛みは増し、それは体全体に広がっていきました。それからしばらくして病院で頭部と脊椎のMRI検査を受けることになり、その結果から私がアーノルド・キアリI型症候群と脊髄空洞症を患っていることがわかりました。 レオン県の病院では大後頭孔減圧術を提案され、私はその手術を受けることにしました。手術後は8日〜12日間の入院が必要と言われました。ただ、病院の手術スケジュールの関係で3ヶ月経っても手術が受けられなかったので、セカンドオピニオンを考えるようになりました。インターネットで検索してみると、私の病気の治療を専門とする医療機関、バルセロナキアリ奇形&脊髄空洞症&脊柱側弯症研究所のホームページを見つけました。早速研究所に電話をして、持っているすべての検査画像を送りました。アーノルド・キアリI型症候群と脊髄空洞症の診断名が確定され、この病気の適切な治療法は終糸切断手術という手術で、短い入院(手術の翌日には退院)で済むとても簡単な手術でした。手術日を予約して、その数日後手術を受けるためにバルセロナへ向かいました。 術後、その日と翌日にかけて症状はすべてなくなり、体調が改善されたのを実感しました。術後の検診で、ロヨ先生とフィアヨス先生は術後の回復度合いに大変驚いていました。 現在(手術から約4年)症状は改善され、ほとんど普通の生活を送ることができています。 私は終糸切断手術がアーノルド・キアリI型症候群と脊髄空洞症の治療で最も適切な治療だと考えています。簡単な手術で、しかも私の場合は手術直後に手術の効果が感じられました。入院期間も一晩と大変短く、私は終糸切断手術がこの病気で苦しんでいる人すべてにとって有益な手術だと思います。 最後になりましたが、ロヨ先生と医療チーム、そして研究所チームのみなさんの親身な対応、高いプロ意識、温かさに心より感謝申し上げます。ありがとうございました。 マリア-ソル・プラド-ペレス
フィオレッラ・ロッシ(Fiorella Rossi): キアリ奇形、脊髄空洞症、脊柱側弯症
手術日:2008年10月 イタリア人 2005年10月に足の手術を受けて以降、左肩に激痛が走るようになり、体調の変化が現れました。時間が経つにつれてひどくなり、力が入らなくなって、温覚や痛覚にも支障が出てきました。複数の脳神経外科医に相談し、医師全員に脊髄空洞症(その時はそれがどんな病気なのか知りもしませんでした)を患っていると診断されました。ただ、まだ初期の段階だから経過観察にしようと言われたものの、その頃からすでに歩行に障害が出ていました。 2006年4月、ある脳神経外科医に手術するなら今がいいと言われ、最初の空洞短絡術(頸髄内の水を腹腔内に流す処置)が行われました。理学療法を始めましたが、改善されるどころか悪化する一方で、どうしたらいいのかわかりませんでした。のちに2回目となる空洞短絡術(今度は胸腰髄内の水を流す処置)の再手術を受け、理学療法も続けてはいましたが、改善は見られませんでした。精神的にもおかしくなり、向精神薬漬けの日々を送りました。 2008年に姉がインターネットでロヨ先生の終糸切断手術を受けた人の体験談を見つけ、診察だけでもいいからと姉に説得され、受診することにしました。ロヨ先生には初めて会ったときから信頼を寄せることができ、脊髄がかなり影響を受けているから回復は期待できないだろうと言われましたが、手術を受けることにしました。バルセロナから帰国後、理学療法を続けました。最初にびっくりしたことは、2011年まで病状が悪化しなかったことです。それどころか自分の足で体を支えられるようになって、その1年後には歩けるようになったのです。信じられませんでした。現在は歩行器を使って400メートルまで歩けるようになり、向精神薬の量も減りました。ロヨ先生には本当に感謝しています。先生のおかげ、そして理学療法を続けていたおかげで歩けるようになったのです。 私は今本当に幸せです。私と同じ病気を患っているみなさんにも、決して諦めずに希望を持ち続けてほしいと思います。いつでも連絡ください。 フィオレッラ [email protected]
エマヌエーレ・ベルフィオーリ(Emanuele Belfiori): キアリ奇形、椎間板症

手術日:2013年11月 イタリア人 みなさん、こんにちは。私の名前はエマヌエーレです。現在35歳で、イタリアのトリノに住んでいます。 何からお話すればいいでしょうか…。私は子供の頃から肉体的にも感情的にも起伏の激しい人生を送っていました。次々に新しい症状が出てくるので、家族には「ウイルス」と呼ばれていました。幸運にも、体格がしっかりしていたので、ここ数年間で生じたハンディキャップを乗り越えることができました。 人生はうまくいっていたように見えました。配管工として20年間働き、かねてからの夢だった起業を7年前に実現、定期的に武道を習い、愛すべきパートナーと一緒に暮らし、誰からも羨ましがられる人生を送っていました。ところが2013年5月の金曜日、いつもと同じように仕事をしていたところ、腰が激しく痛み、その時はただの筋肉の張りだろうと思いあまり気にしていませんでした。土曜日になり、武道のクラスに行って家に帰ると、腰部痛だけではなく頭痛と頸部痛もありました。この痛みは終糸切断手術を受けるまで、24時間ずっと続きました 仕事と武道を続けたかったので、腰部の痛みを診てもらうため、かかりつけの先生のところに行きました。先生には腰仙部のMRIを受けるように言われ、その検査結果から6月に椎間板ヘルニアと診断されました。その後、激しい頭痛と頸部痛が続いたので、病院でまた診てもらうようにパートナーに説得され、なんとか頭部と全脊柱のMRIを撮れることになりました。脳部のMRI検査は、なかなか医師の同意が得られなくて大変でした。 2013年7月12日、アーノルド・キアリ奇形I型(18mmの小脳扁桃下垂)、複数の椎間板症、髄液循環障害、それから2か所の虚血性病変と診断され、怖くなりました。この聞き慣れない病気は何なのか、インターネットの医療関係のサイトなどで情報を集め始めましたが、病気の説明を読んでもよくわかりませんでした。とにかく、ネット上で読んだことは一つも安心できるような内容ではありませんでした。 病状が悪化する中、公立の病院では診察日までかなり待たなければならなかったので、お金を払って私立の病院で診てもらうことにしました。その時すでに生活に支障が出るような症状がたくさんありました。 この体験談では、イタリアの医療制度に関することはお話しません。また、アーノルド・キアリ奇形について無知にもかかわらず特に調べることもなく、いい加減な治療法や手術を提案した医師についても省略します。先生は大後頭孔減圧術は日常的に行われているリスクのない手術だと言い、多くの場合、深刻な事態にはならないとしても、悪影響しかもたらしません。アーノルド・キアリ奇形が大したことない病気だと言う先生の話は信じないでください(実際、複雑な病気です)。他の職業と同じように、医者の中にも病気のことをよく知らない先生がいます。ですから、何があってもトンネルの中で立ち止まってはいけません。最後の光が見えるまで進むのです。そこにはきっとあなたを暖かく迎えてくれる人が待っているはずです(実際、私がそうでした)。ただしっかりと自分の意志を持っていてればいいのです。 幸運にも、バルセロナキアリ研究所と(終糸切断手術を受けた)リタさんとアンジェロさん夫妻の存在を見つけ、掲示板にコメントを残すと、アンジェロさんから返事が来て、リタさんの連絡先を教えてもらいました。そして、リタさんからこれまでの病気との葛藤や終糸切断手術後の病状などを教えてもらい、リタさんのサポートのおかげでバルセロナでの手術を真剣に考えるようになりました。手術費用に関しては、大切な人達のサポートがあってなんとか準備することができました。 何とお礼を言ったらいいのでしょうか…バルセロナキアリ研究所のジョイアさんやメンデス先生、フィアヨス先生たちの素晴らしい人柄、思いやりに感謝しています。それから、ロヨ先生のおかげでもう二度と取り戻せないだろうと思っていた人生が戻ってきて、また希望を持って生きることができています。 愛すべきパートナーのホセ、リタさんとアンジェロさん夫妻、フランチェスカさんにも大変お世話になりました。彼らがいなければ、ここまで辿り着くことはできませんでしたが、よく「人生は私達に必要な人を引き寄せてくれる」と言いますから、私達はただ前を向いて、その人が誰なのか見極めればいいのです。 現在私は、同じ病気で苦しんでいる人をサポートするために、友の会のアイザックシスコ(AI.SAC.SI.SCO. Onlus)のメンバーになり、私の住む地域の代表として患者さんのサポートを行っています。偉大な医師であり科学者であり研究者でもあるロヨ先生のおかげで、私達患者は第二の人生を送ることができています。 最後になりましたが、この体験談を読んでいるみなさん、どうか病気に負けないでください。病気は死ぬまで一生付き合っていかなければなりませんが、よく言うように、重要なのは“その人が「何」を抱えているかではなく、その人の抱える違いを「どう」生かしていくか”です。 電話番号: +39 333.7272061 メールアドレス: [email protected]