マリア・ロイス(Maria Rocío Lois Suárez):キアリ奇形I型、神経頭蓋脊柱症候群、終糸病、椎間板症

手術日:2018年11月22日 スペイン人 フィアヨス先生率いる医療チームのみなさん、この度は大変お世話になりました。そしてロヨ先生、バルセロナキアリ研究所の創立10周年おめでとうございます。 私の体験談を通して、終糸システム®の信頼性の構築へとつながるロヨ先生の長年の研究に対する感謝の気持ちを表せればと思っています。また、教育機関および医療機関に対しては、私のような患者が社会的孤立に陥らないよう、医療従事者育成の重要性を今一度考えていただきたいと思います。途方に暮れた患者さんの苦しみを考慮せず診療を行っている医療従事者に対しては、もう一度良心を取り戻してほしいと願っています。 2018年5月にバルセロナキアリ研究所とコンタクトを取るまで、私の症状(徐々に悪化していきました)を、キアリ奇形や脊髄空洞症といった病気に関連づける人は一人もいませんでした。幼少期の記憶といったら、筋肉痛や整形外科で作ってもらうインソール(中敷き)、喉の感染症や度重なる気管支炎で、思春期と青年期には学業やその時期特有の生活から来る身体的および精神的疲労がありました。動悸がするようになったのは、ちょうど仕事を始めた頃でした。胸の痛み、息切れ、一向に治らない喉の感染症、その後は耳の感染症、めまいなども現れました。ちょっとのことで声が出なくなり、常に風邪をひいている感じがしました。抗生物質や抗炎症薬などを日常的に服用するようになりました。 30代に入り、肩や腕の痛みが時々起こるようになりました。ベッドで横になっていても脚の痛みがひどくて休息できませんでした(リウマチ熱ではないかと言われましたが、結局違いました)。痛みは酷くなり慢性化して、手に力が入らなくなり、しびれや麻痺も起こりました。 手根管症候群と診断され、手術を受けるように言われました。また、ペニシリン系の抗生物質で喉の治療を受けていましたが、一向によくならなかったので、喉の手術も受けることにしました。当時は眠れない日々が続き、働き詰めの生活でした。 40代に入って筋肉痛はひどくなり、こわばり感や疲労感も日常化していました。ストレスからなのでは?と思い、リラックスするために重要な業務を他の人に任せたほうがいいのではと思ったりもしました(そんなこと、私の世代ではあり得ないことです)。頸部痛や肩こりも増え、関節痛も現れました。動悸もひどく精密検査を受け、ビソプロロール(bisoprolol)での薬物治療も受けました。 さらに年月が経ち、線維筋痛症の疑いも出てきました。リューマチ科に行き、検査の結果、リウマチ性多発筋痛症だと診断され、ステロイド薬と筋弛緩薬の治療を受けましたが、最初は痛みが治まるのですが、時間が経つと再び痛みが出て、前よりも痛みが酷くなりました。不眠の症状は酷くなり、そのせいでめまいや免疫も低下していきました。 50代に入り、更年期障害特有の症状の他、腰痛、めまい、手足の痛み、肋骨、膝の痛みは一向に治らず、階段の上り下りや膝をつくことは不可能でした。MRI検査では、頸椎と腰椎の椎間板症、後に胸椎の椎間板症も現れました。頸部の筋筋膜性疼痛症候群と診断され、声の調子は衰えていきました。疲労時の嚥下障害や平衡感覚の喪失、ふらふらすることも増えました。2016年には勤務中に階段から落ちて左手首を骨折、腰も強打し、そこから激しい痛みとの生活が始まりました。 リューマチ科では退行性変化による腰部の絞扼性神経障害と診断され、骨密度検査を受けるように言われ、結果、骨粗鬆症と診断されました。骨粗鬆症の治療でビスホスホネートという薬を服用しましたが、背骨のひどいこわばり感で左半身が動かせなくなり、シンチグラフィを受けるように言われました。結局なんのために受けたのか、今でもわかりません。経過観察の間、関節症と関節炎の治療で神経ブロックを受けましたが、左脚と両足の神経痛、腰痛などは残り、効果は感じられませんでした。 2017年から2018年までは背中の耐え難い痛みを伴う震え、口の中がしょっぱく感じました。日に日に顎が歪んでいく(はずれるような)感覚があり、目の鋭い痛み、神経痛、嚥下障害、突然声が出なくなったりしました。神経内科で診てもらうと、頸部の神経痛ということで理学療法を勧められ行いましたが、4回のセッションを受けた後、脚に力が入らなくなりました。免疫が低下し、尿路感染症になり、その後両腕に帯状疱疹が現れ、抗ウイルス薬や抗けいれん薬を服用しました。便をするときの痛みや極度の便秘、高体温や32度の低体温にもなりました。 もう私には、神様に天国に連れて行ってもらうか、病気を治すすべを自力で探すかの選択肢しか残されていませんでした。そこで、インターネットで自分の症状について情報を探しはじめたところ、YouTubeでたまたまキアリ奇形についての動画を見つけ、それを見てどこか私の症状に似ているような気がしました。また、バルセロナキアリ研究所のホームページも見つけ、読んでいるうちに、このクリニックなら私を助けてくれるかもしれないと思い、2018年5月に診察予約をしました。 MRI検査を通して、複数の椎間板症のほか、緊張性終糸によって脊髄が引っ張られ、キアリ奇形と終糸病が起こっていることがわかりました。それを聞いて、もっと早く病気を発見できていれば…と悲しみと怒りが込みあげてきました。 資金準備をし、11月に手術を受けることにしました。手術は医療チームに言われた通り無事に終わり、術後の変化は私が想像していたものをはるかに上回るものでした。術後歩くこともでき、家までの1000kmにも及ぶ長旅も無理なくでき、自信になりました。また、道中すでに視界が晴れた感覚もありました。術後3ヶ月は(特に腰部の)痛みがありましたが、以前の鋭い痛みではありませんでした。ナイフで刺されたようなお尻の痛みはなくなり、足の痛みも軽減し、疲れている時にしか出なくなりました。こわばり感もなく、柔軟性も戻ってきて、お腹の調子もよくなりました。 症状のマイナス面を強いて述べるなら、神経質になっている点(おそらくプライベートと仕事が影響していると思います)と、視界が不安定なことです(一日のうちで変化を感じます)。今後、脳の血行がよくなることでこれらの症状が徐々になくなっていくことを願っています。 メールアドレス: [email protected] 携帯電話: +34 622104746
中年Yさんの娘さん:キアリ奇形、歯状突起奇形、頭蓋底陥入症

Published by ICSEB at 2015年9月2日 手術日:2014年7月 日本人 はじめまして。昨年(2014年)、娘がバルセロナ研究所でお世話になりました。今はとても元気に暮らしております。それもひとえに手術のおかげと思っています。術後1年が経ち、一つの区切りと思い、私たちの経験や考えが、同じような病状を持っている方にとって少しでもお役に立てればと思い文章にまとめてみました。 当時14歳になる娘がキアリ奇形1型で、2014 年7月にバルセロナキアリ研究所で手術を受けました。日本人としては6番目ということでした。 きっかけは、2013年12月末に、旅行先でひどい吐き気と頭痛、手足のしびれ、意識を失ってうなされるといった症状が出たことから、入院してCT、MRIを撮りキアリ奇形と分かった次第です。年末から年始にかけて、同じような症状がひどく出たため計3回入院しました。ただ、ここでの診断結果は偏頭痛といわれ、キアリ奇形と直接関係するものではありませんでした。実は5歳のころにも1度だけ同様の症状で、入院の経験があります。その際には、癲癇(てんかん)の疑いということで、5年にわたって薬の治療をうけました。9年前の症状は私たち夫婦にとって強烈な印象として残っていました。今回の旅行先での症状は、その状況と同じで、自分達ではどうにもできない状況をもたらした出来事でした。それまでも何度か、それに似た軽い症状があったのですが、今回は明らかに同じだと思いました。振り返ってみると5歳の時の症状は癲癇ではなく、このキアリが原因だったのではないかと思いました。実際の症状とキアリ奇形との関連付けが難しいのがこの病気の特徴の一つではないでしょうか。 昨年の2月から、この病気について知るためにインターネットで調べていくうちに、これが原因で脊髄空洞症等の治りにくい病気を発症すること、日本で実施されている通常の手術をしても必ずしも治る保証はないこと、術後、一時的に回復したものの、その後も同じような症状で苦しんでいる方もいる等、この病気で苦しんでいる方が多いことを知りました。また、それと同時に、違ったアプローチで手術を実施するバルセロナキアリ研究所を知りました。 3月には日本でその方面で有名な大学病院で診察を受けたのですが、“症状が継続して出ていないのなら、様子見で全く問題ない、将来的に病気の進行が認められたら手術を考えましょう”といわれ、当時の発作がなんだったのかと非常に疑問に思った経験があります。娘自身が強く疑問に感じたようでした。私達は、とりたてて予防、改善の方策はないのだろうかと思った次第です。 同じタイミングで症状とMRIデータをバルセロナキアリ研究所に説明していました。診断結果としては、キアリ奇形と症状の関連性についての説明をうけ、更に詳しく調べるために追加のMRIデータが必要とのコメントをいただきました。このMRIデータの取得にいろいろと時間がかかり、その後の病状の変化も特になく、半ば、様子見で良いかと思い始めていました。 そんな中、私たちの気持ちを変える出来事は、追加のMRIデータの精査の結果、脊髄空洞症の予兆がみられ、一刻も早く手術をしたほうがよいということでした。手術を受ける決断をしたのは、昨年の6月です。大きく決断に動いた決定打は“病気を治すことはできないが、進行を止められる”というバルセロナキアリ研究所の一言でした。また、バルセロナキアリ研究所の手術が日本で行われる通常の手術よりも比較して負担が軽い、入院も簡易、もしこれで効果がなければ、次の対応として日本で通常の手術をすればよいと思ったことです。幸い、娘の症状は発作的な症状がでるだけで、日々で何か不自由があるわけではありませんでした。とはいえ、いつ発作的な症状が発症するかわらないこと、また発症したときには手のつけようのないほど苦しんで、周りは何もできないことから、とにかく病気の進行を止めたい一身で今回の決断にいたりました。決断は私たち夫婦のみで決めました。両親等には不要な心配をかけたくなかったので、事前には相談をしませんでした。 私達が一番悩んだ点として、なぜ日本の医療(他の世界も同様)とバルセロナキアリ研究所の推奨がこれほどまでに見解がちがうのか?なぜ日本でなく、海外、スペインなのか?といった点です。私達の結論は、いろいろと調べる中で、バルセロナキアリ研究所の考え方に賛同し、場所がたまたま日本でなく、スペインであるということでした。バルセロナキアリ研究所のさまざまな国籍の方の体験談を読む限り、私たちと同じように他の病院で適切なアドバイスをうけられず、最終的に何年もかかってバルセロナキアリ研究所にたどり着いた方が多く、その方達がなんらかの改善が見られ感謝の意を唱えている等、非常に説得力がありました。実際にバルセロナキアリ研究所で手術をうけられた日本人の3名の方から経験談をお聞きできたことも、大きな成果でした。やはり、生の声、同じような境遇の人の悩み、決断に至った考えを聞くことはとても大事なことと思いました。 日本でなく、海外で手術といった点は、非常に抵抗があると思います。ただ、他に選択がない中で、通訳の方を通じて的確に内容を伝えていただける、日本語でサポートいただける安心感がとてもありました。初診から手術前後を通してのコミュニケーションにおいて不安要素は全くありませんでした。一方で、私達の心理的抵抗が少なかったのは、海外に家族で赴任している状況にあったからかもしれません。海外に住んでいたため、日本に頻繁に行き来できたわけではなく、あまり日本の医師の方の影響を受けなかったと言ってもよいかもしれません。 最後になりますが、複数の言語対応で通訳の方を置いて、世界中の潜在的な患者さんに対してこの病気の治療に取り組まれているバルセロナキアリ研究所の姿勢、考え方に本当に敬服いたします。もし、インターネット上に日本語での案内がなければ、また、もし日本語ですぐに話ができる環境になければ、大きな遠回りをしなければならなかったか、一生、巡り会うことはなかったと思います。本当に研究所の病気の治療に対して取り組む姿勢に感謝したい、ロヨ先生、フィアヨス先生、高橋由佳さんの誠実かつ心温まる対応に感謝したいと思います。また、スペイン滞在中のバルセロナキアリ研究所のスタッフの皆さんの心温まる対応にも、本当に感謝しております。 今後、多くの同じような境遇の方々が、バルセロナキアリ研究所を通じて病気の回復に向かわれることを祈念しております。
中田かなた:キアリ奇形、脊髄空洞症、椎間板ヘルニア

Published by ICSEB at 2019年2月18日 息子(24歳)がバルセロナキアリ研究所で終糸切断手術を受けてから、2年2ヶ月(当時22歳)が経ちます。手術をしてくださったフィアヨス先生、間に入ってサポートをしてくださった高橋さん、手術の方法を確立されたロヨ先生、バルセロナキアリ研究所の皆さまには本当にお世話になり、ありがとうございました。お陰さまで今では仕事に行けるまで元気になりました。本当に感謝しています。 産まれてから風邪かインフルエンザでしか医療機関を受診した事のない息子が、18歳の時に交通事故に遭い、その日から左上肢の痺れ、脱力感、握力低下、温痛覚麻痺といった症状が出てきました。医療機関で特発性脊髄空洞症(外傷性でない)と診断されました。そして徐々に歩行困難、腰痛が酷くなり、脊髄ヘルニアの疑いが出てきて、内服治療と経過観察のみで身体的にも精神的にも酷くなる一方でした。 どうにかしてやりたいとインターネットで色んな病院を探している時に、バルセロナキアリ研究所に辿り着きました。日本では脊髄空洞くも膜下腔短絡術(当時19歳)を受けましたが、またシャントが詰まれば再手術する事になると先生に言われています。脊髄空洞くも膜下腔短絡術は、これ以上症状が悪化すれば傷んだ神経は回復しないと思い、大変なリスクも有りましたが受けました。しかし、またとなると神経の沢山ある頸椎の手術で傷でも入れば最悪な時には寝たきりになってしまうのです。そして終糸切断手術を調べていく内に、同じ病気でも手術の受ける部位の違い(頸椎->終糸)、入院期間(術後2週間->1泊2日)、本人の身体の負担の違い、リスク(頸椎で神経に傷が入れば最悪寝たきり->術後翌日には歩行可能で退院)、に驚きました。 終糸切断手術を受けると決めてからも、渡航するにあたり治療費の準備、パスポートを取ったり、ホテル、飛行機の予約添乗員の付かない旅行での病人を抱えた不安等々、色んな事が有りましたが、その度に高橋さんに相談し助けて頂きました。 関西に在住して居り、関西国際空港発フィンランドのヘルシンキ経由でスペインのバルセロナに入りました。日本航空のCAさんが乗っている事と、関西国際空港から東京を経由する事が無い便で、飛行時間が短い事で決めました。また初めての海外旅行、飛行機で乗り換えの迷わない所と考えて、ヘルシンキを選びました。渡航の前日には日航ホテルの駐車プランを利用し、宿泊しました。渡航中の2週間、車を預ける事が出来たので、大きな荷物の移動にも困らずにすみました。また海外での携帯電話の使用の為のWi-Fi(事前申込み済み)を準備したり、両替(何ヵ所も有り)の率の良い所を探しました。 バルセロナでのホテルは、簡易キッチン付きのアテネアホテルを、旅行会社で予約してもらいました。その時に電子レンジと湯沸しポットを、部屋に頼んで貰いました。バルセロナキアリ研究所とシマ病院まで徒歩圏内という事と、目の前にデパートと近くにサッカー場が有るので決めました。ホテルには日本人のスタッフの方が、週に何日か働きに来られているようで、部屋に『困った事等有りましたらお気軽にスタッフにお申し付けください。』と日本語でのメモをドアに挟んでくれていました。ホテルでは毎日クリーンサービスが有り、その時間を利用して、術後は散歩がてらコインランドリー(1駅離れた所)に行ったり、サッカー場の周りを歩いたり徒歩圏内の観光名所を見て周りました。食事は朝食付きのプランも有りますが、付けずにデパートの地下の食料品売り場でパンや野菜、飲料、お惣菜、デザートを購入しました。男の子で食事の量も多く、日本からもインスタントのご飯、スープ、コーヒー・ティースティック、一口高野豆腐、乾燥ひじき、袋ラーメン・焼きそば、御菓子等持参しました。コインランドリーも近くにあるので、着替えは2組程度あれば間に合ったのと、食料品を詰めて行っているので、消費して帰りは3つあった荷物が2つにして帰る事が出来ました。 言葉の問題も、先生と患者間では高橋さんが話をしてくださるので安心して受診、術前検査、手術を受ける事が出来ました。投薬も薬局まで同行して下さり、傍に居て通訳してくださるので助かりました。後、日本語とスペイン語で書かれた絵本を持参したので、数字や想定される場面での言葉が書かれており、その場面を指差して見せる事で、現地で理解して貰えるので大変重宝しました。携帯電話の翻訳アプリも使用しました。 医療費は健康保険の対象にはならなかったのですが、個人で入っている保険の診断書を持参し、事前に記入のお願いをしていたので、帰る前の診察時に書類を受け取る事もできましたし、帰国して直ぐに保険屋さんに提出し手術特約費用を受ける事ができました。 不定愁訴が多かった息子ですが、日が経つにつれ段々と気分不良も少なくなり、どうにか前向きに働こうと行動する事が出来るようになりました。本当にバルセロナキアリ研究所の皆さまのお陰です。ありがとうございました。
中田かなた:キアリ奇形、脊髄空洞症、椎間板ヘルニア

息子(24歳)がバルセロナキアリ研究所で終糸切断手術を受けてから、2年2ヶ月(当時22歳)が経ちます。手術をしてくださったフィアヨス先生、間に入ってサポートをしてくださった高橋さん、手術の方法を確立されたロヨ先生、バルセロナキアリ研究所の皆さまには本当にお世話になり、ありがとうございました。お陰さまで今では仕事に行けるまで元気になりました。本当に感謝しています。 産まれてから風邪かインフルエンザでしか医療機関を受診した事のない息子が、18歳の時に交通事故に遭い、その日から左上肢の痺れ、脱力感、握力低下、温痛覚麻痺といった症状が出てきました。医療機関で特発性脊髄空洞症(外傷性でない)と診断されました。そして徐々に歩行困難、腰痛が酷くなり、脊髄ヘルニアの疑いが出てきて、内服治療と経過観察のみで身体的にも精神的にも酷くなる一方でした。 どうにかしてやりたいとインターネットで色んな病院を探している時に、バルセロナキアリ研究所に辿り着きました。日本では脊髄空洞くも膜下腔短絡術(当時19歳)を受けましたが、またシャントが詰まれば再手術する事になると先生に言われています。脊髄空洞くも膜下腔短絡術は、これ以上症状が悪化すれば傷んだ神経は回復しないと思い、大変なリスクも有りましたが受けました。しかし、またとなると神経の沢山ある頸椎の手術で傷でも入れば最悪な時には寝たきりになってしまうのです。そして終糸切断手術を調べていく内に、同じ病気でも手術の受ける部位の違い(頸椎->終糸)、入院期間(術後2週間->1泊2日)、本人の身体の負担の違い、リスク(頸椎で神経に傷が入れば最悪寝たきり->術後翌日には歩行可能で退院)、に驚きました。 終糸切断手術を受けると決めてからも、渡航するにあたり治療費の準備、パスポートを取ったり、ホテル、飛行機の予約添乗員の付かない旅行での病人を抱えた不安等々、色んな事が有りましたが、その度に高橋さんに相談し助けて頂きました。 関西に在住して居り、関西国際空港発フィンランドのヘルシンキ経由でスペインのバルセロナに入りました。日本航空のCAさんが乗っている事と、関西国際空港から東京を経由する事が無い便で、飛行時間が短い事で決めました。また初めての海外旅行、飛行機で乗り換えの迷わない所と考えて、ヘルシンキを選びました。渡航の前日には日航ホテルの駐車プランを利用し、宿泊しました。渡航中の2週間、車を預ける事が出来たので、大きな荷物の移動にも困らずにすみました。また海外での携帯電話の使用の為のWi-Fi(事前申込み済み)を準備したり、両替(何ヵ所も有り)の率の良い所を探しました。 バルセロナでのホテルは、簡易キッチン付きのアテネアホテルを、旅行会社で予約してもらいました。その時に電子レンジと湯沸しポットを、部屋に頼んで貰いました。バルセロナキアリ研究所とシマ病院まで徒歩圏内という事と、目の前にデパートと近くにサッカー場が有るので決めました。ホテルには日本人のスタッフの方が、週に何日か働きに来られているようで、部屋に『困った事等有りましたらお気軽にスタッフにお申し付けください。』と日本語でのメモをドアに挟んでくれていました。ホテルでは毎日クリーンサービスが有り、その時間を利用して、術後は散歩がてらコインランドリー(1駅離れた所)に行ったり、サッカー場の周りを歩いたり徒歩圏内の観光名所を見て周りました。食事は朝食付きのプランも有りますが、付けずにデパートの地下の食料品売り場でパンや野菜、飲料、お惣菜、デザートを購入しました。男の子で食事の量も多く、日本からもインスタントのご飯、スープ、コーヒー・ティースティック、一口高野豆腐、乾燥ひじき、袋ラーメン・焼きそば、御菓子等持参しました。コインランドリーも近くにあるので、着替えは2組程度あれば間に合ったのと、食料品を詰めて行っているので、消費して帰りは3つあった荷物が2つにして帰る事が出来ました。 言葉の問題も、先生と患者間では高橋さんが話をしてくださるので安心して受診、術前検査、手術を受ける事が出来ました。投薬も薬局まで同行して下さり、傍に居て通訳してくださるので助かりました。後、日本語とスペイン語で書かれた絵本を持参したので、数字や想定される場面での言葉が書かれており、その場面を指差して見せる事で、現地で理解して貰えるので大変重宝しました。携帯電話の翻訳アプリも使用しました。 医療費は健康保険の対象にはならなかったのですが、個人で入っている保険の診断書を持参し、事前に記入のお願いをしていたので、帰る前の診察時に書類を受け取る事もできましたし、帰国して直ぐに保険屋さんに提出し手術特約費用を受ける事ができました。 不定愁訴が多かった息子ですが、日が経つにつれ段々と気分不良も少なくなり、どうにか前向きに働こうと行動する事が出来るようになりました。本当にバルセロナキアリ研究所の皆さまのお陰です。ありがとうございました。
パトリシア・タニス(Patricia Tanis):キアリ奇形、脊髄空洞症、脊柱側弯症、神経頭蓋脊柱症候群、終糸病

手術日:2016年9月13日 アメリカ人 私が手術を受けてから2年以上経過しましたが、ある程度期間が経ってから私自身の経験を共有したいと思い、今まで体験談は書かずにいました。そして今回みなさんに私の体験談を共有したいと思います。 病気による症状は、かなり前から日常生活に支障をきたしていました。時間の経過とともに症状は悪化していき、なんとも耐え難いものでした。手術前は文字通り姿勢を変える度に激しい頭痛があり、上体を起こしたり、ストレッチをしたり、ベッドで寝返りを打っただけでも痛かったです。その他にも嚥下困難、しゃっくり、後頭部と背中の痙攣、足の痛み、めまいなどがありました。 術後すぐに上記の症状は無くなりました。文字通り、すべて!です。とても感動しました。 手術から最初の30日間もおそらく術後のステロイドの影響なのか、すべての症状がなくなりました。 手術から2ヶ月〜6ヶ月は症状の起伏があり、無理をした時やある特定の動きをした時にたまに頭痛やめまいがありました。また、手術の傷口の一部は通常よりも完治するのに時間がかかりました。この時期にあった症状は、頭痛とめまいだけです。おそらくこの症状は、手術または運動による脊髄の炎症と直接関係があるのではと思っています。 手術から6ヶ月〜12ヶ月では、たまにめまいや頭痛はありましたが、頻度や痛みの度合いは減り、頭痛とめまい以外のすべての症状はなくなりました。 手術から1年〜2年たった今でも症状はなく、頭痛がほんの数回、めまいも数回あったのみです。たまに運動しすぎた時に頭痛がするくらいです。 今ではガーデニングをしたりスポーツジムに行ったり、孫と遊ぶこともできています。本当に多くのことができるようになりました。時々無理をして、すっかり病気の存在を忘れてしまうことがありますが、術後、病気が発覚する前の自分に95%戻ったように思います(無理をした時にたまに軽度ですが頭痛があります)。 終糸切断手術は私の人生を変えました。バルセロナキアリ研究所のサルカ先生をはじめ、研究所スタッフのみなさんにはとても感謝しています。キアリ奇形と脊髄空洞症を患っているすべての方に、この手術を心から勧めたいと思います。現在、普通の生活が送れていることをとても嬉しく思っています。 お世話になりました! パトリシア・タニス アメリカ ユタ州ファーミントン 2016年9月13日手術
中年X:キアリ奇形、椎間板症

Published by ICSEB at 2014年12月22日 手術日:2014年11月 日本人 私は、日本に住んでいる男性、40代前半の者です。この場を、お借りしてこの病気の研究をしてこの術式を確立していただいたミゲル・ロヨ先生、診察、手術をしていただいたマルコ・フィアヨス先生 そして日本とスペインを繋げていただいた高橋由佳さん、研究所のスタッフの皆様に心より感謝の気持ちを申し上げます。本当にありがとうございました。 ここで、少し私の病歴の話をさせていただきます。 私は、15歳ぐらいから強烈な片頭痛、肩こり、疼痛、筋力の低下が始まりました。学業にも専念できず授業をまともに受けることさえできない状態でした。18歳の時、近くの大学病院に検査入院を2週間しましたが、当時はまだキアリ奇形を見つけることができず若年性筋萎縮症と診断されました(廊下で医師が本当はよくわからないんだという立ち話を聞いたのを覚えています)。 それから、針、カイロ、マッサージ、整体、自分でのストレッチでごまかしておりましたが、我慢ができず心療内科に行き、うつ病のふりをして(弛緩作用のある)薬を処方してもらいました(副作用で物忘れ、肥満、etc…)。 それから転機が訪れました。社会人になり営業職につき、お客様からカイロの評判の良い方を紹介していただき早速、訪れてみました。この出会いがラッキーでした。普通、この手の方々は色々やりたがるのですがここの先生は、丹念に体を調べてくださり、うちでは施術できないので大きな病院で調べてもらいなさいと言われ紹介状を書いてくださり、そこでMRIをとり、初めてキアリ奇形だと診断されました。奇形という言葉にびっくりしたことと、原因がわかってホッとした複雑な気持ちになりました。 それから、日本で一番症例数の多い大学病院をネットで見つけ紹介状を書いてもらいそちらで診察をうけました。患者の会の方には大変よくしていただいたのですが、そこで医師や人としてどうなの?という言葉を聞かされました。私の顔、体さえ見ずに写真のみで判断し、手術しても無駄だと宣告され、後のアドバイスなど全くなく返されました。 それから、ドクターショッピングが始まったのですが、何処に行ってもまともに相手にされず、この病気とは一生付き合っていかなければならないんだな〜と孤独と不安、悲しさでいっぱいになって、ただうつ病の薬やてんかんの薬、痛み止めを飲み続けて本当のうつ病のような状態になって、なんとも表現のしようのない時間をすごしておりました。家族、妻、娘たちにも、いつもイライラして疲れやすい面白くない父親でした。 そして、いつの間にかネットでの検索は『キアリ奇形、薬』ばかり見るようになっていました。それが、ある日バルセロナキアリ研究所がヒットし興奮とともに体験談や術式などを読み、これしかない!!と確信しスペインの高橋さんに連絡を取り、地元でMRI画像を6回連続で撮影しデータを送らせてもらいました。その後、手術適応可能と聞かされ直ぐに直近でのスケジュールを取っていただき、姉夫婦に付き添いをしてもらいスペインへ。 術前診察では、今まで受けたことのない丁寧なヒアリング、検査、説明を受け先生方、スタッフの皆さんの謙虚で温かい対応、そしてその中に確固たる自信を感じ、何の不安もなく手術を迎える事ができました。手術が終わった直後から足の冷えが解消され感覚が戻り、長年悩まされ続けた全身のコリ、不快な症状が嘘のように消えていました。両手の握力も10キロ以上強くなっていました。 翌日、退院許可がおり2日程ホテルでゆっくり過ごしておりましたが、その後は観光の予定も考えていなかったのですが、ガウディ、ダリ、ミロの作品などを一週間程、観て回り長年の終糸の牽引による圧迫から解放された身体中の神経が刺激され大変有意義な時間を過ごすことができました。まるで、手術はオマケでメインが観光目的だったと思うほどに・・・ 一週間後の術後の検査では、何の問題もなく、より一層回復が見られました。先生から、『あなたは、何しにここに来られたのですか?』と質問され、私は『病気の回復のために』と答えました。しばらくして、あっと気付きました。こちらでの手術は病気の進行を止めることはできるのだけれど、回復は人それぞれで あまり多大な期待はしないでくださいと最初から言われていたことに・・・あまりにも回復しており病気だったことを忘れておりました。 今、日本でこの体験談を書かせていただいているのですが、本当にスペインでの体験は私の人生において一番の出来事でした。家族、友人から顔色が変わった。眉間のシワが無くなった。温厚になったと驚かれております。 この病気で苦しんでいる人にこのバルセロナキアリ研究所のことをお伝えしたくてたまらないのですが、日本では否定的な医者の意見が多く、同じ苦しみを味わっている患者さんの選択肢を潰しているケースの発言の内容が多々見受けられました。詳しく調べもせず、データもなくいい加減なことをいう整体師、身長を短くする(骨を削る)手術を勧める医者なども・・・結局、彼らは何にもしてくれなかったし解決策も提示してくれくれなかった。患者としてだけでなく人としても・・・見てくれなかった!! 私がヒステリックに声をあげればあげる程に、怪しく見られてしまうでしょうね。 ただ、私が言いたいのは選択肢を潰さないでほしい!!自分の価値観だけで人の人生の邪魔をしないでほしい!! 私の場合は100%満足できる医療をうけることができました。この病気で苦しんでいる人全てが、そういうわけではないかもしれませんが、真実はここにあります。 迷っている方がいらっしゃったら、勇気を出して飛び込んでほしい!!詳しい事がお知りになりたい場合には、高橋さんを通して何時でもご連絡をください。ありのままをお話しさせていただきます。一人でも同じ苦しみを感じていらっしゃる方に、私の体験を聞いて頂き、チャレンジしていただけたら幸いです。 私はやっと、人生を取り戻すことができ希望に溢れています。 本当に、感謝、感謝です。
ステファン・オーウェンズ(Stephen Owens): キアリ奇形、複数の椎間板症、終糸病

手術日:2016年7月 アメリカ人 神様は私をバルセロナキアリ研究所まで導いてくださり、研究所の外科医/スタッフのみなさんに命を救っていただきました。寝たきりだった私に希望と生活の質が戻ってきたのです。キアリ奇形や脊髄係留症候群(緊張終糸)などに関連する病気と闘っている患者さんに、心からこの治療を勧めたいと思います。患者さんの方から情報収集をし、研究所のバイリンガルスタッフとコンタクトを取ってみてください。知識を得て、苦痛からの解放と希望が見えてきます。私と妻にとって、バルセロナキアリ研究所はこの闘病生活の中で一番プロ意識が高いと感じられた医療機関です。素晴らしい研究所のスタッフであるカタリーナさんのアドバイスに従い、事前にアメリカ(ミシシッピ州)で必要な検査を受けてから、バルセロナへ向かいました。ホテルは研究所とシマ病院に近いところにしました。術前診察は二時間にも及び、手術をしてくださったフィアヨス先生に、私の病気と治療法について詳しい説明を受けました。フィアヨス先生/研究所に手術をしてもらい、術後のケアは素晴らしかったです。また、私と妻がアメリカに帰る前には、入念な術後診察も受けました。繰り返しになりますが、術前術後すべてのプロセスで研究所のプロ意識を感じ、治療を受けて本当によかったと思っています。バルセロナキアリ研究所の治療で希望を見いだせることを伝えるために、私達は日々取り組んでいます。研究所チームのみなさんには大変お世話になりました。 連絡先: [email protected]
マリア・クラボル(Maria Maddalena Crabolu): キアリ奇形、脊髄空洞症

手術日:2013年12月3日 イタリア人 マリア=マッダレーナさんは2013年に終糸システム®適用での終糸切断手術を受け、2017年に術後5年検診のため、MRI検査を受けられました。 終糸切断手術を受ける前と受けた後の画像を比較すると、明らかに脊髄内の空洞が減少しているのが確認できます。 2013年と2017年の脊髄空洞症のMRI画像の比較
ラリサ・クズニエツォバ(Larisa Kuznetsova):キアリ奇形、脊髄空洞症

手術日:2016年2月 ロシア人 病気と術後の回復記 3、4歳の頃から、色のついた物が振動しているのが見えたり、宙に浮くような感覚があったのを覚えています。小さい頃はおとなしい性格で、動きを伴った遊びよりも、静かな暖かい場所で落ち着いた遊びをするのが好きでした。12歳の時には、少し活発になりましたが、体育の授業は苦手でした。ロープ上りの時間では、胸部が痛くなり、手に力が入らなかったので上ることができませんでした。走ったりジャンプしたりすると首や頭に変な感覚があったので、あまり好きではありませんでした。また、幼少期から匂いを区別することができません。 最初の出産(自然分娩でしたが陣痛がなく、難産)では輸血が必要になり、両太ももに長さ約30cm、深さ3〜5cmの窪みが形成され、痛みはなかったものの、見た目は恐ろしいものでした。これは1年半後に消えました。 息子が1歳半になった時に、仕事復帰しました。うちで仕事をすることも多く、1984年6月に自宅で仕事をしていた時に、突然15分間ほど何も見えなくなりました。救急車で運ばれ、私の血圧を見てびっくりした医師の口から「この血圧では死んでもおかしくない」と聞こえたほどでした。入院しブロック療法を受けましたが、結局病院では異常は見つかりませんでした。退院してからは、たまにですが激しい頭痛、低血圧、めまい、吐き気があり、数回吐いたこともあります。何回も気を失いそうになり、耳鳴りもありました。 1985年に第二子を出産しました。この時も陣痛がなかったので、陣痛促進剤が打たれました。お産はとても早かったです。最初の1年はよく風邪を引いていて、1年経っても傷口は塞がりませんでした。数ヶ月ずっと炎症を起こしていて、傷口が膿んでしまい、傷跡は残り、どんな治療も効果がありませんでした。同じ頃、心臓が痛むようになりました(少なくとも私にはそう思えました)。左向きで横になると心臓が激しく鼓動するのが聞こえ、その鼓動を耳で感じるほどでした。その時の血圧は92-125でした。慢性的な頻脈だと診断されましたが原因はわからず、2002年までずっとこのような状況でした。 2002年、私たち家族はニュージーランドに住んでいて、肉屋を経営していました。仕事は肉体的に辛く、常に寒かったです。ストレスもたくさん抱えていました。7月/8月に最初の症状が見られました。意識を失い、意識を取り戻した時には激しい頭痛があり、舌がもつれ、左足を引きずって歩かなければならず、左腕はぶら下がっているような感覚で、筋肉痛もありました。顔の左半分は垂れ下がっているように感じました。入院することになり、脳のMRI検査を受けましたが、何も異常は見つかりませんでした。その後3ヶ月のうちに頻脈、低血圧、吐き気、頭痛などがありました。一度、20歳の息子が付き添っている時に、心肺停止の状態に陥ったことがあります。意識を取り戻した時には全身がむくんでいて、頭痛を伴った心臓の激痛があり、1週間入院しました。耳鳴りがまた始まり、時々何も聞こえなくなりました。 退院してからは右膝が痛むようになり、特に座った後に起き上がろうとすると痛みました。この時期は痛みがひどくて叫ぶほどで、それは2年ほど続きました。治療の効果はなかったのですが、痛みはいつの間にかなくなっていました。この二年間のうちに造影剤を使って全身MRI検査を受け、脊髄空洞症とキアリ奇形I型が見つかりました。 2005年12月末にロシアのトムスクに帰国しました。2008年と2011年に特に症状が現れましたが、年に2回ほど神経病理学の先生に診てもらい、脳のビタミン剤と抗うつ剤を処方してもらいました。2008年以降、イライラすることが増えました。生まれてからずっと手と足は冷たかったです。下半身の筋肉をつけるため、体の痛みはあるものの1988年以降、毎日運動はしていました。 2013年から体の関節や筋肉のあちこちが常に痛むようになりました。左脚の骨が焼けるように痛み、両足の痛みを伴う痙攣が15分〜30分ほどありました。また、便失禁もあり、外出時に何回か我慢できなくて便が漏れてしまうこともありました。 2014年には外出中に転倒することがあり、誰かに後ろから膝を曲げられたような感覚がありました。2015年から朝起き上がる時に転倒することが増え、アキレス腱の痛みと衰弱感がありました。2km以上歩くと激しい疲労感に襲われ、めまい、衰弱感、吐き気、そして時には嘔吐もあり、階段の上り下りも辛かったです(エレベーターのない6階のアパートに住んでいました)。 2016年2月23日にバルセロナキアリ研究所で終糸切断手術を受けました。2016年2月24日に退院。手術は無事に終わり、体調はとてもいいです。 手術から1ヶ月後 目のむくみ、まぶた(特に右側)の痛みがありました。2016年3月2日まで、朝の目やにが酷かったです。2016年3月2日以降は、目が重く感じることもなくなり、上下左右を見るのも楽になりました。2016年3月3日からは、両手の肌の色が変わり、赤みやむくみも取れていきました。顔やまぶたのむくみも取れ、目が以前より大きく見えました。左向きで横になった時にもう心臓の音も聞こえませんし、終糸切断手術を受けてから血圧は73-75です。 15年間、背中と腰の痛みからうつ伏せになって寝ることができませんでしたが、手術を受けてからはうつ伏せで寝られるようになりました(うつ伏せで寝るのが好きです)。もう骨も関節も痛くありません。腎臓も腸もうまく機能しているようで、トイレも我慢できるようになり、この月は二度だけ便失禁がありました。よく歩くようになり、5km〜7km歩いても疲れることはありません。手術の時の静脈注射の跡は術後すぐに消えました。以前なら長い間膿が出て、跡が残っていたはずです。 爪の色も変わりました。手術を受ける前は、足の指2本は黒く、どんなケアをしても色は変わらなかったのですが、術後爪の色は正常に戻りました。すべての爪が輝いています。声がかれたり咳もよくしていたのですが、2016年2月29日以降は声がかれる回数も減り、特に夜は喉が潤っているように感じます。体温も変わりました。血行がよくなったようで、体がぽかぽかするので、もう夜寝るときに靴下を履かなくてもよくなりました。頭もすっきりして、耳鳴りもなくなり、よくいらいらしていたのですが、術後は落ち着いています。 2016年3月3日、左足に痙攣がありましたが、数分で消えました。2016年3月4日に術後検診に行き、全てに改善が見られました。左手の握力が以前は7kgでしたが10kgになっていました。傷口のガーゼを替えてもらい、傷口はきれいに塞がってきていると言われました。もう問題なく座ることができます。3月5日の朝に2時間ほど左肩と左腕に軽い痛みがありましたが、今は何時間も歩くことができ、体力もあります。 今日は2016年3月6日。2015年に階段から転倒した時にできた傷と両足の犬に噛まれた跡は、今では目立たなくなりました。2016年3月7日にロシアに帰国した際には傷口が少し痛みましたが、無事に飛行機に乗って帰れました。 2001年と2006年の2回、血清腫除去のために腹部の手術を受けましたが、それ以降、お腹を触るとクッションのように何も感覚がありませんでしたが、終糸切断手術を受けてからは、神経機能が回復したようで、腹部を触るときちんと感覚があります。さらに、腹部の手術でできたケロイドが今月になって目立たなくなってきた気がします(今日は2016年3月5日)。朝に咳があり、白い液体のようなものが出ますが、これは肺をきれいにしているからでしょうか。 手術から2ヶ月後 体調は安定しています。ごくたまに両脚に30分ほどの筋肉痛がありますが、ごくわずかです。まだ傷口が痛むので、試してみましたがセックスはできませんでした。傷口の痛みは2週間ほど続き、頭痛は軽度でしたがありました。咳をすると、まだ白い液体が出てきます。肺の中をきれいにしているからではないかと思っています。 体幹と上肢の運動を1日20分、フィットネスバイクを1日おきに5分、そして毎日5、6kmは歩いています。フィットネスバイクを3回やったところ、腰部(傷口でしょうか)が痛むようになり、今はやめて少し様子を見ています。 4月14日から15日まで寝ている時に両膝と両肘、両腕の激しい痛みがあり、起きようとしても起きられず、ただ、朝起きると痛みがあるのは両肘のみで、運動をすると消えました。その2日後、太ももの痛みで目を覚ましましたが、朝には消えていました。右太ももの窪みは以前より目立たなくなってきて、臀部の窪みも同様に薄くなっています。腰部の痛みは軽度ですが、まだあります。便失禁については手術から2ヶ月経って、すっかり改善されました。トイレを我慢することができるので、安心して散歩ができます。 手術から3ヶ月後 体調はよく、活発に動いています。4月25日と26日の夜に下半身(鼠蹊部からつま先にかけて)が痛くて目が覚めました。筋肉痛や骨の痛みがありましたが、30分も続かずすぐに消えました。翌日は短時間でしたが両膝の痛みがありました。これは神経が回復したからでしょうか。5月1日は傷口が焼けるように痛かったですが、痛み止めを飲むと消えました。5月10日の夜に右腕の痛みがありましたが、すぐに消えました。5月19日から21日にかけて朝にあった咳はなくなり、肺から出る白い液体もなくなりました。 手術から3ヶ月後の最終週、階段を上り下りしながら壁紙を貼っていたところ、腰が痛くなりました。鎮痛剤を飲んだら痛みが和らぎましたが、まだこういう動きは早すぎたのだと思います。今日は5月23日で、1週間前から左目が痛むようになりましたが、軽度です。 手術から4ヶ月後 (2016/5/24-2016/6/24) 体調は良好、安定しています。よく歩き、活発に動いています。2、3ヶ月の間で、今月は頸部が少し痛み、数日間疲れが取れない時がありました。 手術から5ヶ月後 (2016/6/24-2016/7/24) 体調は良好、安定していて、よく歩いています。ベトナム旅行に行き、たくさん歩きましたが、体調はとてもよかったです。6月27日の夜に30分ほど両膝が痛みました。 手術から6ヶ月後 (2016/7/24-2016/8/24) 誕生日(8月2日)の3日前から傷口が痛むようになりました。1週間痛みは続き、数日間運動をやめたところ、痛みは消えました。 8月30日に眼科医の診察を受け、先生には視力が70%もよくなったと言われました。現在、眼鏡をかけなくても車の運転ができるようになりました。視力はだいぶ回復し、術前は左目が-1,5、右目が-1で、両眼ともに-1の乱視だったのが、現在は両眼ともに-0,75で、左目の乱視はCYL -0,5、AXIS 45ºです。 手術から1年後 体調はよく、前より活発に動いています。唯一残っているのは軽度の腰痛です。4月に術後検診のため再度MRI検査を受けるので、どのような結果が出るか楽しみです。 メールアドレス: [email protected]
デイズ・アパレシダ(Dayse Aparecida Ferreira):キアリ奇形、脊髄空洞症

手術日:2017年3月 ブラジル人 私の名前はデイズです。現在34歳で、28歳の時から原因不明の疼痛が不定期にありました。2014年7月に痛みは悪化し、とても痛かったのですぐに病院で診てもらうと、腰椎、鬱、線維筋痛症と診断されました。病院から指示された治療を続け、処方薬も飲みましたが、痛みは治まりませんでした。 痛みがひどかったので病院に行き、当直医だった先生に薬を飲んでも効果は得られず、もうこれ以上痛みに耐えられない旨を話すと、先生から腰仙部のMRI検査を受けるように言われました。そしてその検査結果を持って整形外科に行くように言われました。 整形外科の先生には「MRIから異常が見つかった」とだけ告げられ、具体的な説明は受けず、脊椎の専門医を受診するように言われました。家に着いてから、検査結果の報告書に書いてあった“脊髄空洞症”についてインターネットで調べると、“奇病であり、脊髄の退行性疾患。治療法はなく、時間とともに車いす生活を強いられることになる”と書いてあり、その時私は自分が“爆弾”を抱えていることに気づきました。 バルセロナキアリ奇形&脊髄空洞症&脊柱側弯症研究所のホームページは、病気について初めてインターネット検索した時に見つけていましたが、書いてあることがあまりにも私が他のサイトで読んだ内容と違うので、気に留めていませんでした。その後、病気についてさらに調べていくと、Facebookに患者さんによって作られた患者サポートグループがあり、グループメンバーが意外に多かったので、私が思っていたよりも稀な病気ではないことがわかりました。そのグループメンバーの中で、バルセロナで治療を受けた人に連絡を取り体験談を聞くと、手術はとてもよかったそうで、従来の手術(大後頭孔減圧術)を受けたブラジル人患者さんの意見とはかなり違うものでした。 早速、検査画像をバルセロナキアリ研究所に送り、研究所からは私がキアリ奇形、脊髄空洞症以外に神経頭蓋脊柱症候群を患っているとの返答がありました。また、手術費用の見積も送られてきました。 2016年4月に、手術費用を準備するため募金活動を始めました。募金活動の期間はおよそ1年で、2017年3月21日、待ちに待った終糸切断手術を受けることができました。手術から8時間後には、腕や脚の筋力の改善を明らかに感じ、手術から10日後の術後検診では、それ以外の改善点も確認できました。特にびっくりしたのが、右腕(運動機能はすでに失っていました)と三か所の反射の亢進が改善していたことでした。術後すぐに反射の正常化が見られ、これは通常術後1年経ってからよくなるものだそうです。大きな改善点は、後頭部、頭部、頸部、右肩と腰部の痛みがなくなったことで、生活の質が改善されました。現在手術から3ヶ月が経ちますが、術前に処方された抗うつ剤(痛みの原因は精神的なものからくると言われて処方されたもの)はもう飲んでいません。 バルセロナキアリ研究所では、病気の進行を止めるために手術が行われますが、私はそれ以上だと思っていて、手術を受けたことは私の人生で一番いいお金の使い方をしたと思っています。 夢の実現をサポートしてくれた神様や周りの人に感謝し、私や他の終糸切断手術を受けた患者さんの体験談が、多くの医師の注意を引き、終糸切断手術の効果をより多くの患者さんが得られることを願っています。 連絡先: [email protected]