セレスティナ・マルケス(Celestina Marques Gonçalves):キアリ奇形、脊柱側弯症

  手術日:2011年7月   ブラジル人 私の名前は、セレスティナ・マルケス-ゴンサウヴェスで、ブラジルのポルト・アレグレに住んでいます。私は今とても幸せで、生きる希望に溢れています。何年にも渡って頭と首の後ろの痛みがあり、偏頭痛と診断されました。頸椎にも問題が出始め、中国医学の針治療の実習で2006年11月に中国に行きましたが、体の痛みがひどくてコースを修了しないまま帰国しました。痛みは針治療のおかげで一旦は治まりましたが、ブラジルに帰ってから30日後、中国で味わった同様の痛みが突然現れました。その時は、長時間のフライトと旅行のストレスから来るものだと思っていましたが、その後およそ3ヶ月間隔で頻繁に疼痛が現れるようになりました。病院に運ばれ、薬を処方されてからの3ヶ月間は調子がよかったのですが、それから違う痛みが現れ、毎回痛みは増していきました。私は舌下で飲む新しい薬があると知り、飲んでみたところ数分で痛みは消えました。 2009年に入って、ほぼ毎日頭痛がするようになったので、マッサージや針治療で症状を緩和させました。それ以降、新たな症状が出始めましたが、一度も頭痛と関連づけたことはありませんでした。2010年には発声障害や失声症にかかりました。私はセラピストとはり師として働いていて、専門学校で教えることもありますが、授業中何度も声が出しにくくなり、日によっては声が出なくなることがありました。すぐに専門家に診てもらいましたが、原因がわからなかったので他の専門家を紹介されました。結局声の異常がどこから来ているのかわかることはありませんでした。同年、後頭部が突然ズキズキと痛み、頭部の圧迫感や目のかすみなど、次々と新しい症状が出てきました。数日経って症状は悪化し、痛みが原因で眠れなくなりました。睡眠時は、サイズの小さすぎる服を着ているような違和感があり、体を動かしたり伸ばしたりしていました。どんな体勢で寝れば痛みが和らぐのかを探した結果、頭の半分をベッドから出して寝ると頭部の圧迫が和らぐことがわかりました。 数週間後、明らかに症状が悪化していることに気づきました。睡眠時無呼吸症候群が現れ、座って寝るようになりました。一日のうちで何度も息苦しくなり、その後、心臓にも異常が出てきました。それから数ヶ月間できるだけ多くの専門家に診てもらおうと病院を回り、合計で5つの異なる専門分野の先生8人に診てもらいました。検査をたくさん受けましたが、どれからも異常は見られず、その当時頸部に問題はあったものの、医者からは手術を勧められませんでした(実際のところ、当時受けた検査でアーノルド・キアリI型症候群(キアリ奇形I型)がわかっていたそうですが、私がそれを知ったのは10年後のことでした)。 ある日の夜、頸部のMRI検査を受けている自分の夢を見ました。その日は月曜日で、目を覚ますとすぐにベッドから立ち上がって(というより体を引きずって)、電話に向かい、神経内科の先生(7人の神経内科の先生のうち、最初に診てもらった先生)にMRI検査を受けられるよう電話でお願いしました。しかし、身体検査から何も異常が見つからなかったので、MRIは必要ないと言われてしまいました。それでも私は諦めずに何度も頼み、次の日にMRI検査を受けさせてもらえることになりました。そして、その結果を持って診察を受けたところ、アーノルド・キアリI型症候群(キアリ奇形I型)と診断されました。それ以降、様々な先生のところを回り、合計で7人の先生に診てもらいましたが、その中の一人の先生だけが大後頭孔減圧術の経験があると知りました。先生に手術がどのようなものか、また手術のリスクなどについても説明を受けました。私はそこで、どちらにしてもリスクが存在するなら、病気による突然死のリスクを選びたいと思い、手術を受けないことにしました。その翌週から息子が1年間カナダ留学に行くことが決まっていたので、私の病気については、息子が帰ってくるまで誰にも話さないと決めていました(結局隠しきれず夫にだけは話しました)。それから数日後、体調は悪化していくばかりで、脚の力や括約筋のコントロールも失っていきました。痛みがある時は、仕事はもちろん、歩くことも車を運転することもできませんでした。5歩歩くだけで息苦しくなって、横にならないと耐えられないほどの疲労感がありました。当時、これらすべてが背中から来ているものだとは知る余地もありませんでした。娘はというと、私の姿を見て何かあると疑い(直接娘に会うのは避けていました)、最終的に私はあまり知られていない先天性の病気について話し、治療法はリスクの高い手術しかないと打ち明けました。娘は絶望している様子でした。 現実を受けられなかった娘は、なんとかそのひどい状況から抜け出せないかとインターネットで調べ始め、それから3日後、娘がパソコンを持ってうちにやって来ました。インターネット上で私と同じ病気を患っている人にコンタクトを取ったり、スペインのバルセロナでロヨ先生の手術を受けた患者さんや友の会などにも連絡を取ったそうです。再び希望の光が見えました。 オンラインでロヨ先生に診てもらうため、私達は診断に必要なすべての書類を揃え、送りました。あの時はかなりのストレスを抱えていました。研究所から終糸切断手術を受けられるという返事が返ってきましたが、終糸切断手術に関する情報が少ないこと、また、ブラジルのポルト・アレグレの神経内科医が言っていたこととロヨ先生の言っていたことがあまりにも違って、非現実的に聞こえたので正直なところ信用できませんでした。しかし、もう一度歩ける希望、息苦しさもなく睡眠もしっかり取れ、話すことも括約筋のコントロールもできるようになる、そんな希望をまた抱くようになりました。この時は非常に重要な段階だったので、たくさんの人に助けてもらい、霊気なども心の支えになりました。 手術を受けることに決めて、2011年7月にバルセロナに向かいました。終糸切断手術を受け、翌日には退院、痛みもなく歩くことができました。10日間バルセロナに滞在して観光もしましたが、体が痛むことはなく、飛行機の中で感じた頭の圧迫は、ブラジルに着いてからなくなっていることに気がつきました。 ロヨ先生には3か所の頸椎椎間板ヘルニアの手術を受けるように言われていたので、終糸切断手術から5ヶ月後にブラジルで受けました。その頸椎椎間板ヘルニアの手術後、首の動きがかなりよくなり、痛みもなくなり、両手の指の感覚も戻ってきました。ロヨ先生には本当に感謝しています。 私はブラジルに帰ってから診察してもらった先生達のもとを訪れ、私が抱えていた症状は、すべてキアリI型症候群(キアリ奇形I型)から来るものだったから、いくら肺や心臓の検査、ホルモンや耳鼻咽喉科検査、腎臓や目の検査を受けても、異常が現れなかったのだと伝えました。この出来事がきっかけで、9歳の男の子がキアリI型症候群(キアリ奇形I型)を患っているかどうか調べるため検査入院することになったそうです。 私の体験談が手術に不安を抱いているみなさんのお役に立てれば幸いです。ロヨ先生の行う終糸切断手術は、効果があって信用できる心のこもった手術です。みなさんにお勧めしたいと思います。 ありがとうございました! セレスティナ・ゴンサウヴェス メールアドレス: [email protected]

アンナ(Anna):キアリ奇形、脊髄牽引症候群

  手術日:2012年1月   ロシア人 私の名前はアンナで、ロシアのモスクワに住んでいます。48歳です。私のこれまで辿ってきた道を簡単にお話ししようと思います。 最初に症状が現れたのは学校で勉強している時で、原因不明の頭痛やめまいでした。病院で健康診断を受けましたが、これと言った病名は告げられず、医者からは「健康ですから、一切心配することはありません。成長とともに現在ある症状は消えていくでしょう」と言われました。 時間は経ちましたが、一向に症状は良くなりませんでした。それどころか、息子が生まれて以降、頭痛は激しく、また長引くようになりました。いつも薬を飲めば良くなるというわけではなく、その後新たに下記の症状が出るようになりました。 – 後頭部と背中と腰の痛み – 首の硬直感 – 慢性疲労 – うつ状態 – 視力の低下 – 複視 – 呼吸障害 – 歩行障害 長期に渡って色々な検査を受けましたが、その度に異なる病名を告げられました。理学療法を勧められたこともありますし、X線検査(当時MRI検査は存在していませんでした)の結果、脊椎骨軟骨症だと診断された時は、運動療法を勧められました。数年間ヨガやエアロビクス、水泳などをしましたが、運動は病状を悪化させるだけでした。そして、2011年10月に行ったMRI検査などを通して、アーノルド・キアリ奇形I型と診断されました(その後、この病気について研究があまり行われていないと知りました)。主治医には医師の監視下で治療を行うように提案され、病気が進行した場合には、脳神経外科手術の後頭蓋窩の減圧術を受けるよう言われました。 インターネットで、減圧術の効果があいまいであることを知り、絶望しました。病名がわかっても治療法がないから、今後も絶え間ない痛みと絶望感を抱え生きていくしかない…私にはもうこの複雑な病気の新しい治療法を探し続けることしか残っていないと思いました。 2011年10月、インターネットでバルセロナキアリ奇形&脊髄空洞症&脊柱側弯症研究所の情報を見つけました。すぐにバルセロナキアリ研究所へメールを送り、嬉しい返事が返ってきました。私の病気の原因について、初めて説明を受けることができたのです。 −緊張性終糸によって引き起こされる脊髄牽引症候群− 終糸切断手術が病気を治す唯一の手段だと確信しました。 2012年1月17日、終糸切断手術を受けました。研究所や病院での親切な対応、患者に対する気配りや高い技術、また徹底した手術前日の検査を通して、私の選択は間違ってないと再確認することができました。 手術の痛みはありませんでした。術後すぐに体に変化が現れ、その変化は現在も続いています。現在、手術を受けてから17ヶ月が経ちました。日に日に健康状態は良くなり、上記の症状はほとんど消え、今では頭痛もありません。新しい色が人生に訪れ、今は充実した人生を送っています。手術前は歩行が困難で500メートル歩くのもやっとでしたが、今では7キロも歩けますし、ヨガも仕事もしています。健康で丈夫だと、世界は素晴らしいものです。 バルセロナキアリ研究所のウェブページに載っていた患者さんの体験談に、この病気は遺伝することがあると書いてありました。息子は時々、背中の痛みや疲労感を訴えていたのでMRI検査を撮ったところ、私と同様アーノルド・キアリ奇形I型を患っていることがわかりました。そこで2013年2月、息子もロヨ先生に終糸切断手術をしてもらいました。息子は手術直後に力がみなぎり、背中の痛みも軽減されたと言っていました。 バルセロナキアリ研究所チームのみなさん、本当にありがとうございました。ロヨ先生は、私の人生だけではなく息子の人生も取り戻してくれました。息子も先生にとても感謝しています。 メールアドレス: [email protected]

マリア・ズケッティ(Maria Cristina Zucchetti):キアリ奇形I型、脊髄空洞症、脊柱側弯症

  手術日:2011年3月 イタリア人 私の名前はマリア・クリスティーナで、27歳です。イタリアに住んでいます。 9歳の時から偏頭痛があり、副鼻腔炎や偏頭痛の治療を受けましたが、効果はありませんでした。 1999年10月、突然頭が痛くなり、その状態は1ヶ月も続きました。薬は効かず、唯一寝ている時が安らぎの時間でした。 1999年11月、イタリアのベルガモ県の病院に検査入院して、MRIを受けました。その結果、奇病と言われるアーノルド・キアリ奇形I型と診断されました。その日は、自分の抱えている病気が何なのかわかった嬉しさよりも、その病気がどういう病気なのか知らなかったことによるショックの方が大きかったです。 退院後、その病院では病気を治してもらえないと思い、ミラノの総合病院の“専門家”に診てもらうことしました。短時間の診察(その割には診察料が高額)でしたが、私の病気について前の病院より詳しく説明してくれました。先生には、後頭蓋窩の奇形で容積が減り、小脳扁桃が下垂し脊柱管内に突出、それが私の頭痛の原因だと言われました。病院から提示された治療法は、変形した骨の一部を削る減圧術と言われる手術でした。 2000年1月、その“専門家”によって手術は行われました。ここで一つ言っておきたいのは、その専門家の患者さんのほとんどは、もっと年を取ってから病気を発症していた人が多く、私のような若い患者(16歳)を手術したのは初めてだったことです。 手術の翌日、すべてはうまくいっているように見えました。しかし手術から2 日後、頭部の激しい痛みと熱、嘔吐などの症状が現れ、それはすべてドレナージを行わなかったからで、血腫もできてしまいました。手術から3日後、血腫洗浄のために再手術が行われました。3週間の入院が終わり退院する時に、もうこれ以上問題は起きないだろうと言われました。 それから数ヶ月間、平和に過ごすことができました。今後も順調にいくかと思っていましたが、手術から1年後、左上肢の温覚障害が現れました。再度MRIを撮った結果、脊髄空洞症(第1胸髄-第3胸髄)を患っていることがわかり、脳神経外科の先生には前回受けた手術が原因だと言われました。減圧術によって髄液が通常より速く流れ、脊髄が十分に排水できなかったために脊柱管の中に流れ嚢胞ができ、空洞が形成されたと言われました。先生には2つの選択肢を提示されました。一つは小脳扁桃を切除するために後頭部の再手術および硬膜補填術で、もう一つは空洞内にたまった水をドレナージするシャント術です。私は最終的に、体に負担の少ない方の後頭部を切開する手術を選択しました(死亡する危険性がある手術であるにもかかわらず、一切そのことについて説明は受けませんでした)。 2001年10月、再手術のため病院に行きました。 人生最悪の経験になりました…目を覚ますと手足がまともに動かせなくなり、痛覚、温覚を完全に失い、車いす生活を余儀なくされると思いました。 入院中、コーチゾンを大量投与され、水頭症が起こったために2度穿刺が行われました。ただ、一度も理学療法を受けるようには言われませんでした。入院してから3週間後、リハビリセンターに転院が決まり、幸運にも1ヶ月の理学療法で、ほとんどの協調運動(手の細かい動き以外)は回復しました。また歩けるようになって、左腕と左胸部以外は温覚も戻ってきましたが、上肢と胸部上部の痛覚は消失したままでした。それから新しい生活が始まりました…1年後に空洞は小さくなったものの、前より困難な生活になりました。 2009年まで、胸郭にまで広がる背中の痛みと首の痛み、眠気、疲労感、軽度の鬱にもなりましたが、走らず力を入れない生活をしてなんとか生きていきました。 2009年3月、頻繁に背中が痛くなり、右腕の痛みとしびれ、くしゃみをする度に起こる首と頭と肩の激しい痛み、下肢の麻痺、過度の眠気、慢性的な疲労感、気分の浮き沈みなどがあったので、検査のためMRI検査を受けました。その検査結果から、空洞が第1頸髄から第2胸髄まで広がっていたことがわかりました。2001年に手術をしてもらった先生(すでに定年退職されていました)にもう一度診てもらい意見を聞こうと、先生のご自宅を訪ねました。しかしそこで言われたのは、ドレナージ以外治療法はないということでした。 数ヶ月経って状況は悪化しました。そこで私は、ミラノにあるカルロ・ベスタ神経学研究所の、病気の知識と小児の手術実施回数の多さで名高い脳神経外科医の診察を受けました。その先生の診察で、私の受けた減圧術のやり方が間違ったものであったこと、そして私が2回目に受けた手術は、その最初の手術のミスをカバーするためのものだったことがわかりました。当時、脊髄の空洞は第6胸髄まで拡大していました。先生には、これ以上病気を悪化させないための唯一の手段として、再手術(3回目)を勧められました。手術は脊髄の髄液の流れをよくするための頸部のドレナージでした。ショックと恐怖で、パニック状態に陥りました。 もうこのままでは生きてはいけないと思い、手術のキャンセル待ち登録をしました。何度も問い合わせをしましたが、(幸運にも)1年経っても手術の連絡はありませんでした(当時2回ほど診察を受けましたが、医師からの診療報告書には、恐怖心から手術を見送りたいと私が言ったと書いてあり、それは全くの嘘です)。 家族の知り合い(私の病名を覚えていてくれた知り合いに感謝しています)を通じて、ある女性と知り合い、その女性の娘さんがアーノルド・キアリ奇形I型の治療で、バルセロナで行われている手術を受けて、術後の経過が良好だと聞きました。 その後インターネットで検索し、その女性のおかげもあって、2011年2月にバルセロナキアリ研究所にコンタクトを取ることにしました。私の持っているすべての検査結果を送り、数日で返事が返ってきました。そこには、ロヨ先生の診察を受けて手術の適用が確定されれば、次の日には手術が受けられると書いてありました。 終糸切断手術のおかげで、一生治らない部分はあるだろうけれど、これ以上病気が悪化するのではないかという不安を抱かなくていい普通の生活が送れる確信があり、私は世界で一番幸せな人間だと感じました。 2011年3月末にバルセロナへと出発、3日間で診察と手術、そして国へ帰ることができました。手術後ロヨ先生には、脊髄の引っ張りはMRI上で確認されたものよりも大きかったと言われました。そして手術を受けた日から、まるで生まれ変わったかのように新しい人生が始まりました。手術後すぐに、背中と胸部と左上肢の温覚と痛覚が部分的に回復し、足底皮膚反射と腹壁反射も正常に戻りました。 手術から1年後の2012年3月、検診のためバルセロナに戻りました。手術後すぐに回復した部分はさらに良くなっていて、口蓋垂は右寄りだったのが正常に戻り、以前よりも体のふらつきを感じなくなりました。くしゃみをする度に起こっていた激痛はほとんどなくなり、以前は一日中あった背中の痛みもそこまで頻繁に起こらなくなり、疲労感も減りました。 また、手術から2年経って回復した症状もあります。例えば、胸郭の温覚、両手の痛覚、背中の痛みの頻度の減少などです。ただ疲労感は増したように思います。でもそれはきっと、以前できなかったことをやっているからだと思います。とにかく、状況は明らかに改善しています。そして一番重要なのは、病気の進行が止まったということです。 ずっと私のそばで支え、手術を受けさせてくれた両親、そして家族のみんなに感謝しています(手術を受けた当時私はまだ未成年だったので、手術同意書には両親が署名しなければなりませんでした)。 また、ロヨ先生、ジョイアさん、そしてフィアヨス先生をはじめとする医療チームにも感謝しています。みなさんのおかげで人生を取り戻すことができました。

アンジェラ・グリエコ(Angela Grieco): キアリ奇形、脊髄空洞症、脊柱側弯症

  手術日 :2008年3月   イタリア人 私の名前はアンジェラ・グリエコで、イタリアのマテーラ県に住んでいます。ここで、私がどのようにアーノルド・キアリ奇形I型、脊髄空洞症を患っていることに気づいたかをお話ししたいと思います。 思春期の頃から、目や首、顔に神経痛がありました。時間が経つとともに、痛みの起こる頻度は増えていきました。背中が痛み、そこを触られると背骨の横に痛みを引き起こしているヒモのようなものを感じました。私はその後いくつもの整形外科の病院を回り、スポーツ医のところにも足を運びました(そこでは上記のヒモの部分に注射を打たれました)。 40歳ごろになって、手足のしびれやめまい、顔の痛み、脊柱の圧迫、頭の中心の激痛など、痛みが増していきました。私の住んでいる村の神経内科の先生にお願いして、MRIを受けられるように準備してもらいました。そして、MRI結果から私の病気がわかったのです。ミラノ・カルロ・ベスタ神経学研究所に行き、唯一の解決策は大後頭孔減圧術だと言われました。偶然にも、ピエトロ・ジリオラ(Pietro Gigliola)さんという終糸切断手術を受けた人の話を聞くことができ、ピエトロさんを通じてロヨ先生とリタ・プレスブルゴ(Rita Presbulgo)さんに知り合うことができました。 2008年3月4日、バルセロナで終糸切断手術を受けました。術後の回復はとても早く、以前のような激しい痛みで苦しむこともなくなりました。もうかばんに炎症を抑える薬を携帯する必要もなくなりましたし、頸椎椎間板ヘルニアや脊髄空洞症(第7頸髄-第1胸髄)で苦しむこともなくなりました。 ロヨ先生、先生のプロ意識と人間性に深く感謝申し上げます。また、ピエトロ・ジリオラさん、ピエトロさんの手術の体験談やロヨ先生とのコンタクトの取り方などを教えてくださってありがとうございました。最後にリタ・プレスブルゴさん、リタさんには手術前後に励ましの言葉をたくさんいただき、とても感謝しています。

ビビアン・チェン(Vivien Chen):キアリ奇形、脊髄牽引症候群

  手術日:2012年5月   中国人 みなさん、こんにちは。私はアーノルド・キアリ奇形I型(脊髄空洞症なし)と診断され、2012年5月22日にスペインで終糸切断手術を受けました。 2011年12月に突然頭が痛くなり、上海の医者には脊髄膜破裂による髄液漏と診断され、杭州では硬膜外血液パッチなどの治療を受け、頭痛はなくなりましたが、左手の脱力感と肩こりの症状が現れ、頭を前に倒すことができなくなりました。頭痛に加えて、その6ヶ月前からすでに背中の左側部分にも疼痛がありました。 その後、すべての診療情報や検査画像をスペインのロヨ先生に送り、小脳扁桃下垂(キアリ奇形I型)と診断されました。2012年2月にすぐに手術を予約しました。 手術後、最近撮ったMRI上では小脳の位置に変化はありませんが、健康状態は大幅に改善され、その効果は現在(2013年3月1日)でも続いています。 今はもう頭の激しい痛みはありません。手術を受ける前は、背中の痛みが原因で机の前に長時間いられなかったのが、今その痛みは80%改善されました。左手の脱力感は現在でも変化ありませんが、進行したわけでも悪化したわけでもありません。長時間座った状態(例えば国際線での移動)を続けたり、寒くなったりすると、現在でも肩こりや背中の痛みが出てきますが、状況は以前と比べかなり改善されました。 一日中ベッドで寝たきりの生活を送っていた時期があり、残りの人生をどう生きていったらいいのか、普通の生活ができればどんなにいいかと毎日考えたりしていました。 現在普通の生活が戻ってきて、家事もできるようになり、2歳になる娘も旅行に連れて行くことができるようになりました。現在出張でアメリカに来ていますが、以前だったら考えられない長距離の移動です。こうして今、私の人生を取り戻すことができ、ロヨ先生と医療チームの方々には大変感謝しています。 術後の回復度合いは人それぞれ違いますが、ぜひロヨ先生にみなさんの持っている画像を送ってください。みなさんが素晴らしい治療を受けられることを願っています。 ビビアン・チェン *ビビアン・チェンさんの連絡先は、高橋由佳([email protected])に問い合わせ願います。

パオロ・ブシェミ(Paolo Buscemi): 脊髄空洞症、軽度の脊柱側弯症

  手術日:2011年7月 イタリア人 みなさん、こんにちは。私の名前はパオロ・ブシェミです。27歳で、イタリアのシチリアに住んでいます。ここでみなさんに、私の病気がわかってからロヨ先生の手術を受けるまでの体験をお話ししたいと思います。 すべては2011年に始まりました。1月辺りに奇妙な感覚、例えば手の硬直、脱力感、手に力が入らなくてよく物を落とすことがありました。また、首と腕の痛み、嚥下障害、排尿障害などもありました。神経内科医の勧めでMRI検査を受け、そこで脊髄空洞症(第2頸髄-第5頸髄)と診断されました。すぐに神経内科の先生にミラノの専門家の診察を受けるように言われ、私はミラノに行きました。そこでは、脊髄空洞症がどういうものなのか説明を受けました。MRIの報告書を見た後、先生には手術を受けなければならなくなるだろうと言われました。手術は大変複雑なものであると同時に、手術結果については何も保証できないとのことでした。しかも、手術時間は12時間にもおよび、形成術や何かの挿入なども行われると話していました。もう私は疲れ切っていました。診察に母と妹も来ていましたが、診察後に、私が受けようとしている手術を受けた女性が術後検診に来ていたので、母にその女性に直接話を聞いてみたらどうかと言われ、その女性の診察が終わるまで待っていました。出てきた時に女性に今の病状はどうか、手術はどうだったかなどを聞きました。女性は私達の質問に丁寧に答えてくれました。12時間もかかる手術を受け、(まだ流暢に話すことができないようでしたが)少しずつ回復していると言っていました。女性の聞いた話では、スペインのバルセロナにある医療機関が脊髄空洞症の治療を専門に行っていると言っていました。 私は疲れて元気もなく、混乱した状態でうちに帰りました。ベッドに横になり少し休んでいましたが、その間妹はインターネットで探し始め、女性の話していた医療機関の情報を見つけました。それはバルセロナキアリ研究所というところで、妹は情報を集めるために病気や手術のことについて注意深くウェブを読み始めました。研究所の理事長であるロヨ先生が、特発性脊髄空洞症に対して終糸切断手術を行っているということを読み、手術は体に負担のかからない手術で、ほぼ30分で終わるとのことでした。何かを挿入することも形成術も必要のないことを知り、妹も私達家族も希望が湧いてきました。私と同じように奇病を患い、健康問題を解決しようとバルセロナキアリ研究所に全てを任せた人たちの体験談を読み、体験談はどれも手術に肯定的なものでした。ただ、イタリアではあまりこの病気が知られていないので、そのせいで何年もかかってやっとキアリ研究所に辿り着いたという悲しい体験談も読みました。 私は主治医の神経内科医にバルセロナキアリ研究所のことを話し、最初は疑っていた様子でしたが、ウェブページを見た後それが本当であると納得したようでした。私はロヨ先生と同じ手術をイタリアの医師が行っているか調べたところ、イタリアにはロヨ先生の教え子だという医師が多くいました…が、それはすべて何の根拠もない嘘でした! 私は最終的に、バルセロナキアリ研究所で診察を受けることにしました。イタリア語担当のジョイアさんが対応してくれて、2011年7月11日に診察を予約してくれました。私は母と妹と一緒にバルセロナに向かいました。ロヨ先生に私の病例を詳しく診てもらった結果、脊髄牽引症候群、特発性脊髄空洞症(第2頸髄-第5頸髄)、そして軽度の特発性脊柱側弯症を患っていることがわかりました。ただ、すぐに私達を落ち着かせてくれたのは、特発性脊髄空洞症の治療として終糸切断手術が受けられるということでした。診察と同じ日にシマ病院で必要な検査を受け、次の日の午前8時に手術を受けました。 それから1ヶ月後、スペインに戻り術後検診を受けました。病状はさらに改善していました。人生で初めて私の脊髄は解放されたのです!現在、手術から2年が経ちましたが、術後の経過は良好です。この体験談が、暗闇の中でさまよっている方々にもう一度希望の灯をともせるお手伝いができることを願っています。 研究所のみなさん、特にジョイアさんには精神的に支えてもらい、とても感謝しています。そしてロヨ先生には病気の進行を止めてくれただけではなく、(私の場合)痛みも取り除いてもらいました。ロヨ先生で一番印象に残っているのは、謙虚さや先生の持つ人間性です。 いつでも連絡を待っています。 電話番号:0039/0925/941719  パオロ・ブシェミ パオロさんの体験談(動画)

ミカエラ・フェルライーノ(Michaela Ferlaino):キアリ奇形、脊髄空洞症、脊柱側弯症

  手術日:2011年5月   イタリア人 みなさん、こんにちは。私の名前はミカエラです。22歳で、イタリアのカラブリア州の小さな町に住んでいます。私のようにアーノルド・キアリ奇形I型を患った人の助けになれば思い、この体験談を書いています。 小さい頃から偏頭痛に悩まされ、一向に痛みが治まらない時がありました。両親はその痛みの原因が何なのか突き止めようと、私に頭部のレントゲン検査や、眼科医での診察、定期検査など様々な検査を受けさせましたが、検査結果はすべて異常なしでした。それ以降も偏頭痛は消えることなく、頭痛があることが普通になっていきました。そのでも母は検査結果に納得がいかないと、再度私にレントゲン検査を受けさせたりしました。今思うとあの時の母の判断は間違っていませんでした。しかし再度撮ったレントゲン検査でも異常は見つかりませんでした。 それから4年が経ち、疲労感、脱力感、下半身に電気が走るような感覚、絶え間ないしびれ、背中の激しい痛み、頭部と頸部の強い圧迫感など、奇妙な症状が出始めました。当初は、スポーツをやめてから症状が悪化したので、座ったままの生活が原因だと考えていました。しかし時が経つにつれて、そうではないと気づきました。 おそらく他の患者さんもそうだとは思いますが、私は手足と背中の激しい痛みでソファーに横になることが多く、力が入らなくて起き上がれない日もありました。ある日、右腕が完全に動かせなくなり、左手を使ってなんとか右腕を動かしたこともありました。私の体に何か起こっているのは明らかでした。 母は、友人の医者(私は「特別な先生」と呼んでいます)のもとに私を連れていき、そこで私はMRI検査を受けるように言われました。MRI検査から、アーノルド・キアリ奇形I型と診断されました。あの時どれだけ怖かったかは言葉で表せないほどで、自分をコントロールすることができませんでした。 体重が減り始め、さらに力が入らなくなって、飲み込むことができずに10分間も口に同じ食べ物が入っていることもありました。背中や首の痛みで、心が休まる日はありませんでした。まっすぐに立っていられず、首は前屈ぎみになる傾向がありました。それから1年後に再度MRI検査を行うと、空洞は大きくなり、症状が悪化しているのがわかりました。その時唯一私を救うことができるのは、手術だけでした。当時若かった私は、体に負担のかかる大後頭孔減圧術のことを考えるだけで気分が悪くなり、手術を受ける気にはなりませんでした。 先生は私のために情報を探してくれて、そのおかげでロヨ先生に辿り着きました。ロヨ先生の存在を知ってから、バルセロナキアリ研究所のウェブページで情報を集め始めました。ウェブページに掲載されている100以上の体験談を何度も読み、患者さんの苦悩と私の症状を重ね合わせていました。最初は少し懐疑的だったことは否定できません。すべてが単純すぎるのではないかと思いましたが、最終的に私は研究所に電話をかけることにしました。バルセロナキアリ研究所のジョイアさんに私の病状を説明しました。最初から丁寧に対応してくれて、MRI画像を送るように言われました。それから数日後、素晴らしい返答が返ってきました。低侵襲治療であるロヨ先生の終糸切断手術が受けられるというのです。 バルセロナに着いて術前診察を受け、翌日手術を受けました。以前よりも生きる希望と活力を持ってイタリアに帰りました。手術から数時間後にほとんどの症状がなくなり、それから時間が経つと共に完全になくなっていきました。脚と腕の力も戻ってきました。病気が今もなお私の中に存在していることは十分承知していますが、それでももう私を悩ますことはないとわかっています。時々ほんの小さな症状は出てきたりしますが、手術がうまくいったことは間違いないので、気にはしていません。 最初から私の病気を理解し支えてくれたイタリアの先生には感謝してもしきれません。そしてロヨ先生とジョイアさん、私にもう一度笑顔を取り戻してくれてありがとうございました。それから家族のみんなには、終糸切断手術という選択肢を与えてくれたことに感謝しています。そして最後にロザンナ・ビアジョッティ(Rosanna Biagiotti)さん、ロザンナさんの存在がこの状況に立ち向かう力をくれました。 質問があればいつでもご連絡ください。 連絡先:0039 3404900272 ミカエラ・フェルライーノ

パオラ・ファエッダ(Paola Faedda):キアリ奇形、脊髄牽引症候群

  手術日:2012年6月   イタリア人 (世間が思っているほど奇病ではないこの)アーノルド・キアリ奇形が、医師の間でもほとんど知られていないことは信じがたいことです。 症状が出てから手術を受けるまでの3ヶ月を要約して、みなさんにお話しようと思います。 2012年3月半ば、朝起きると肩甲骨の間から首にかけて何か重い、引っ張られるような感覚を覚え、ただの引っ張りだったので心配することもなく、そのうち消えるだろうと考えていました。実際、数日後に症状は軽くなりましたが、以前は頸部のみにあった焼けるような妙な痛みが、数日後には頭部全体に広がっていきました。何か変なことが起こっていると気づき始めました(あの痛みは何だったのだろうか…)。 それ以降かかりつけの病院に通いましたが、言われることは決まって「大したことはありません。ただのストレスから来るもの」でした。それでも毎週のように症状は悪化していき、新たな感覚、例えば脚や腕の圧迫感、手のしびれ、耳鳴りなどがありました。主治医の先生にはただのストレスだから精密検査は必要ないと言われたので、私は個人的に保険の効かない診察を受けに行ったりしていました。誰も私に何が起きているのかわかりませんでしたが、3番目に訪れた神経内科医の診察でやっとMRIを受けることになり、検査の結果、小脳扁桃が下がっていることがわかりました。ただそこでもなぜ小脳扁桃が下がっているのか疑問に思われることなく「大したことはありません。生まれ持ったものなので、今後も死ぬまでこの状態だろう」と言われました。 私は自ら小脳扁桃についてインターネットで調べることにし、そこでアーノルド・キアリ奇形という病名を見つけました。大したことない病気だなんて全くの嘘です。案の定、病状は悪化していきました。スペインのバルセロナに私の病気の専門家がいるという情報を見つけ、すぐに電話をかけました。そして、ロヨ先生のチームスタッフであるジョイアさんと話すことができました。親切に対応してくださり、私の病気の進行を終糸切断手術で止めることができるとの貴重な情報を得られました。親戚や友人の協力もあり手術費用を用意することができたので、2012年6月、晴れた気持ちでバルセロナへと向かいました。バルセロナキアリ研究所に着くと、私のことを温かく迎えてくださり、術前診察で手術が確定しました。3日間で診察と手術ができ、3日目には退院許可が下り国に帰ることができました。 仙骨部の小さな切開だったので、すぐに普通の生活に戻れました。やっとその時救われたような気がしました。キアリ奇形によって引き起こされていたすべての症状は手術によって止まったと確信がありました。ただ、手術の効果は私の想像以上でした。1ヶ月ごとによくなるのを感じ、症状や痛みは完全に消えるまで改善されたのです。 また、定期検診で受けた最新のMRI画像では、小脳扁桃が元の位置に戻ったのが確認できました。これは、終糸切断手術がキアリ奇形には全く意味のない手術だと私に言った医師に対して手術の効果を示す何よりの証拠です。医師の意味のない手術との言葉により、私は今回外国で受けた手術費用の払い戻しを拒否されました。 この体験談を読んでいるみなさん全員に伝えたいことがあります。それは「終糸切断手術の価値や効果をみなさん自身で評価してほしい」ということです。 ロヨ先生と研究所チームのみなさんには心から感謝申し上げます。 パオラ・ファエッダ E-mail: [email protected] Tel: (+39) 340 29 66147         

ブライアン・ジョンソン(Brian Johnson):キアリ奇形、歯状突起奇形

  手術日:2011年7月   アメリカ人 終糸切断手術は、キアリ奇形I型を治すのに大変効果がありました。 2007年から2012年までキアリ奇形I型の症状があり、頭痛と右方向に注視眼振 (めまい)が見られました。2011年7月、バルセロナキアリ研究所のロヨ先生の行う終糸切断手術を受けて、眼振がなくなるのにかかった期間は14ヶ月です。今はもう頭痛やめまいがすることはなく、術後の痛みもありません。私は今病気を患う前の自分に戻っています。ロヨ先生と医療チームの皆さんには本当に感謝しています。病気に対する専門知識はもちろん、私や私の家族に対して本当に親切に接してくださり、まるで昔からの知り合いのように感じました。手術は無痛で、術後2日目には浜辺を歩けました。そして4日後には飛行機でアメリカに帰ることができました。手術の傷は非常に小さかったので、実際今はほとんど見えません。アメリカに帰る飛行機の中でも全く痛みは感じず、もう鎮痛薬や他の薬を飲む必要もなくなりました。術後、手術で切開された部分の引っ張りは感じましたが、直接傷口に触れて座った時くらいしか痛みは感じませんでした。 病院は最新のデザインと家具を備えており、とてもきれいなところでした。レントゲン撮影や他の検査では待つことなくスムーズに受けることができました。今でも記憶に残っているのは、手術後に体の上にかけられた袋状のブランケットに温風が入れられた時で、温風が術後の体にとても心地よかったです。また、スペイン語が少ししかしゃべれない私でしたが、ロヨ先生が英語を少し話せたのと通訳の方がいたおかげでコミュニケーションは問題なく取れました。現地の人に英語が通じたことと、私の少しのスペイン語の知識で手術の前後にバルセロナ観光もできました。ロヨ先生と医療チームのおかげでキアリ奇形I型を患う前の生活を取り戻すことができ、とても満足しています。記憶に残る素晴らしい体験をありがとうございました。これを読んでいる方には、私が研究所の素晴らしい対応を保証します。 ブライアン・ジョンソン 連絡先:[email protected]

ザビナ・ベアルグマン(Sabine Bergmann):脊柱側弯症、脊髄空洞症、歯状突起奇形、頭蓋底陥入症、脊髄症

  手術日:2012年9月 ドイツ人 ドイツのベルリンに住むザビナ・ベアルグマンと言います。50歳です。 子供の頃から脊柱側弯症(30度)を患っていました。12歳の時から成長期の終わりまで理学療法を受けました。その時「スポーツや年を重ねることで色々な問題が出てくるだろう」と言われました。 20代前半で尾骨部を強打し(現在でも痛みます)、1994年に重度の鞭打ち症になりました。その後、めまい、吐き気、視覚異常、頭痛、筋肉の張りに悩まされるようになりました。読書用のめがねはこれらの症状を悪化させるので、今でも使うことができません。 1999年からの脊柱側弯症により、腰から脚にかけての放散痛、膀胱機能にも異常が見られました。CTガイド下での治療、数えきれないほどの薬、集中的リハビリテーション治療、さらには脊柱側弯症の手術も勧められましたが、その当時から手術を受けるという気持ちにはなりませんでした。 ここ数年で症状が悪化し、日常生活を送るのが苦しくなっていきました。筋肉をつけるために軽い運動をしようとしても、背骨が痛くてできませんでした。ハイキングやサイクリングの後は激しい痛みに襲われ、映画館へ行くことでさえ首が動かなくなるので難しいものでした。日常生活を送るのが日に日に辛くなっていきました。完全に自律神経系が乱れていきました。日頃の首の痛みと日常生活での体にかかる負担で、足の痙攣と痛み、さらに胸椎とろっ骨が頻繁に夜痛くなり、ぶつけどころのない怒りがこみ上げることもありました。ヨガは多少効果がありましたが、それは何よりも精神的なものが大きかったと思います。整骨院の先生には数年の間、定期的に(3週間ごとやひどく痛む時に)治療をしてもらいましたが、少し時間が経ったり変な動きをしたりするとまたすぐ以前と同じように痛み始めました。とてもいい治療ではあったものの、毎回夜には血行障害や頻脈、耳鳴りがして一度も連続して寝られたことはなく、いつも2、3時間程度の睡眠しか取れませんでした。寝返りを打てば痛みが軽減されましたが、すぐに他の部分が痛くなりました。いくつものクッションや枕も試しました。朝はいつも疲れきっていて、このまま体が言うことを聞かなくなっていったら一体どうやって生きていったらいいのか…仕事、そもそも日常生活をどうやって過ごしていけばいいのか、自分に問いかけていました。 今手術を終えて当時の自分を振り返り思うのは、よくあの時痛みに耐えられていたなということです。 私は当時、常に体の中の何かに引っ張られているような感覚がありました。頸椎と胸椎に関して、新たに椎間板ヘルニアによる脊髄症、頭蓋底陥入症、歯状突起奇形、椎骨動脈症候群を患っていることがわかりました。 2012年6月、もう一度必死になってインターネットで情報を探していたところ、キアリ研究所のホームページを見つけました。そこに書かれていた“(異常な緊張状態にある終糸によって起こる)脊髄牽引症候群”という見解を読み、それが私の脊柱側弯症の本当の原因であるとわかり感銘を受けました。18年以上も地元の専門家に治療してもらっても一時的にしか良くならず、今まで鞭打ちによる痛みが消えなかったのはそのためだったのかと納得しました。 すぐにメールを送って、研究所のカタリナ・クーンさんからドイツ語でメールが返ってきました。それからいろいろなことが起こり、2012年9月27日にキアリ研究所のロヨ先生とメンデス先生に手術をしてもらいました。バルセロナで手術を受けるという決断は私にとってとても容易なものでした。研究所にメールを送った瞬間から、私の人生がいい方向に向かっていると感じていました。手術の前日にキアリ研究所で身体検査を受けていた時、精神的に完全に落ち着いていました。キアリ研究所チームの専門知識や対応に私はすべてを任せることができました。あんなにも丹念に検査をしてもらったのは初めてのことです。 手術はうまくいき、次の日にはドイツに帰ることができました。手術後すぐに頸椎の進行が止まった感じを覚えました。手術後4時間経って、手術前に受けた同じ身体検査を受けました。その結果は素晴らしいもので、例えば、術後数時間足らずで握力は両手ともに4キロも増えました。 手術が終わりその翌日目を覚ますと、涙があふれました。こんなにもよく眠れたのは何年ぶりだろうと嬉しさでいっぱいになりました。 手術から7週間経った今、将来をまた前向きに見つめられるようになりました。痛みのない世界はこんなにも素晴らしいものかと実感しています。今はほとんど夜に血行障害や耳鳴りが起こることはなく、起こったとしても以前のように激しくはありません。手術以降、もう足の痙攣はなく、めまいや吐き気は本当に数えるくらいです。以前は常に痛かった背中や脚ですら、今ではほんの1分程度で痛みが消えるのです。整骨院の先生には、手術からあまり経っていないのに脊柱が明らかに矯正されてきていると言われました。 手術費は私が現在得たものに比べれば安いものですが、現在ドイツの健康保険で医療費が戻ってこないか交渉しているところです。終糸切断手術が脊柱側弯症、アーノルド・キアリ奇形、脊髄空洞症の治療に効果的なのは明らかなのに、ドイツの医療保険制度が手術費を負担してくれないのはとても残念なことです。この手術が適用されれば、今後の治療費や早期退職を最小限に抑えることができるのではないでしょうか。私は今後も国際アーノルド・キアリ奇形、脊髄空洞症、脊柱側弯症友の会(AI.SAC.SI.SCO)とともに、ドイツの健康保険を適用して終糸切断手術が受けられるよう交渉を続けるつもりです。 バルセロナキアリ研究所チームのみなさんには本当に感謝しています。みなさんのおかげでまた幸せを感じることができました。幸せすぎて地球丸ごとぎゅっと抱きしめたいくらいです!! 2012年11月 ザビナ・ベアルグマン 連絡先:[email protected]

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