ジョバンナ・ポッロ(Giovanna Porro):アーノルド・キアリI型症候群、脊柱側弯症、脊髄牽引症候群

  手術日:2008年7月 スペイン人 親愛なるみなさんへ 私の名前はジョバンナ・ポッロです。イタリア人で現在46歳です。私の体験をここで共有したいと思います。 私は小さい頃から痩せていて、頭痛持ちでした。勉強熱心な学生でしたが、体を思うように動かせなかったので、体育の授業は苦手でした。 18歳の時、路上での実習を何回か受けて容易に車の免許を取得できましたが、それからすぐに運転が困難になり、最後には完全に運転できなくなりました。偏頭痛で疲れやすく、学校(私は小学校教諭です)とうちの行き来で、ほとんど外で遊んだり娯楽を楽しんだりということはできませんでした。 2005年に右半身と左半身、舌に感覚異常があることに気づきました。モンツァ(イタリア)のサン・ジェラルド病院の緊急外来に行き、頭部のCTスキャンを取りましたが、異常は見つかりませんでした。その晩に退院許可が出て、診断は「身体化障害による感覚異常」でした。精神神経科医の診察を受けるように言われ、不安を落ち着かせるために向精神薬(ベンゾジアゼピン)の服用を提案されました。 症状が一時的に落ち着いたのもつかの間、2007年1月に急激に悪化していきました。上半身が震え、書くこともままならず、構音障害も出てきました。歩行も誰かの支えがないとできなくなりました。 検査のためサン・ジェラルド病院に入院することになりました。頭部と脊髄のMRI検査を撮り、その結果から小脳扁桃が9mm下がっていることがわかりました(アーノルド・キアリI型症候群)。脊髄空洞症に関しては、MRI検査から疑いは晴れました。脳神経外科チームからは、現在のところ手術は必要ないと言われたので退院しましたが、退院日から15日経っても構音障害と歩行障害は改善されませんでした。勧められた理学療法を行い、わずかながら良くなりましたが、仕事に復帰できるまでの回復は得られませんでした。 2007年5月にミラノのベスタ神経学研究所に入院し、アーノルド・キアリI型症候群が確定され、その後退院許可が出ました。報告書には「(原因が特定できない)急性運動失調を発症。アーノルド・キアリI型症候群の異常は患者の症状に現れていない」と書いてありました。先が真っ暗になりました。 これからどうしたらいいのか不安になりましたが、必死に理学療法を行い、2007年9月にやっと仕事復帰できました。同僚、生徒、学長の理解のおかげで教育現場に戻れましたが、偏頭痛や運動障害があり身体的に辛かったです。 2008年3月、スペイン人の友人がロヨ先生の存在を教えてくれ、早速MRI画像を送りました。ロヨ先生には親身に対応してもらい、手術が適用可能だと連絡が入りました。診察予約を7月に入れ、たくさんの期待を胸にスペインへ行きました。 ロヨ先生、心理学者のジョイアさん、そして研究所スタッフのみなさんとの出会いは感動的でした。ロヨ先生には病気の進行を止めるために手術が不可欠であることを説明され、その時私はまるで父と話しているような感覚を覚えました。 その日の午後に術前検査を受け、翌朝終糸切断手術を受けました。手術は全身麻酔で行われ、2時間ほどで終わりました。手術の翌朝目を覚ますと、症状が良くなっているのを感じました。床を見なくても歩けるようになり、足底反射も改善していました。 そして現在手術から約2年が経ち、生活の質は明らかに改善されました。時折めまいや感覚異常が出たりしますが、仕事にも行けるようになり、手の震えもなくなり、体力もついたと思います。 ロヨ先生とジョイアさんには、この場を借りて感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。二人は私達患者に人生を取り戻してくれる、まさに天使です。私達患者ができることは、与えられた命を意味のあるものにすることです。一番いい方法は、患者同士が連絡を取り合ってキアリ基金を支えることだと思っています。 また、友人のラファにも感謝の気持ちでいっぱいです。彼がいなかったら、私はこの素晴らしい冒険に立ち向かう勇気がなかったと思います。 患者のみなさん、みんなで力を合わせれば病気にだって立ち向かえるのです! 愛を込めて ジョバンナ 電話番号: (+39) 3421342525  メールアドレス: [email protected]

ホセフィナ・ロペス小児科医:脊髄牽引症候群、脊柱側弯症、胸椎椎間板ヘルニア(T7/T8)

  手術日:2008年5月 スペイン人 みなさん、こんにちは!私の名前はホセフィナ・ロペスです。ある病院で小児科医として働いています。1999年に第5腰椎と第1仙椎の椎間板ヘルニアと診断され、その年の5月にすぐロヨ先生に手術をしてもらいました。ロヨ先生の手術のおかげで1ヶ月後には普通の生活ができるようになりました。 その後2008年3月に、両肩に激しい痛みを感じMRI検査をしたところ、第7胸椎と第8胸椎の椎間板ヘルニア、そして脊柱側弯症を患っていることがわかりました。この時1週間もしないうちにまたロヨ先生にコンタクトを取り、その後すぐに胸椎と終糸切断の手術を受けました。結果は素晴らしいもので、5月に手術を受けて7月には100%元の生活を送ることができました。もちろん運転も水泳も、すべて普通にできています。14歳から患っている脊柱側弯症も治り、今背骨は完全にまっすぐになっています。 患者のみなさん、ぜひバルセロナキアリ研究所のロヨ先生に連絡を取ってみてください。神経内科や脳神経外科の分野で他の医師ができないことをロヨ先生はやってしまう人です。 愛を込めて 連絡先: [email protected]

ローズリズ・トルヒージョ(Rose-lys Trujillo):脊髄空洞症

  手術日:2008年1月  フランス人 私の名前はローズリズで、53歳のフランス人です。7年前から脊髄空洞症(C5-T1)を患っていて、3ヶ月前から症状が悪化していきました。 症状:偏頭痛、筋萎縮、両手の協調障害、嚥下障害、めまい、平衡機能障害、温冷覚障害、背中と手足とあごの激しい痛みなど…私の唯一の希望はロヨ先生だけでした。 前日に術前検査などが行われた後、手術は2008年1月22日に行われました。手術は体に負担の少ない低侵襲治療で、手術時間はおよそ40分、1日半の入院でした。 手術から1ヶ月経った現在、80%くらい回復したと思います。ロヨ先生は私の人生を救ってくれました。先生がいなければ、私は今頃病院のベッドで車いす生活を送っていたと思います。終糸切断手術は伝統的な治療法とは違い、リスクのない手術です。 ロヨ先生や医療チームの方々には大変感謝しています。 私は今回保険が効いて、手術費用の払い戻しに成功しました! 質問があれば、いつでも連絡ください。 電話番号: (+33) 04 67 36 29 12 メールアドレス:[email protected] ローズリズさんの体験談(動:

フランチェスコ・クローチェ(Dr. Franceso Crocè)医師:キアリ奇形、脊髄空洞症、椎間板ヘルニア

  手術日:2007年10月 イタリア人 私は現在48歳で、医師です。病気の症状が最初に現れたのは2007年5月20日で、サッカーの試合後、左肩甲骨が痛み始めました。筋肉痛かと思い、非ステロイド性抗炎症薬やコルチゾンなどで治療しましたが、あまり効果はありませんでした。 その後頸部のMRI検査を受けることにし、検査画像からアーノルド・キアリ奇形I型、C5-C6の脊髄空洞症、C5-C6の椎間板ヘルニアが見られたので、いくつかの神経内科医や脳神経外科医などのもとを訪れました。痛みは激しく継続的で、ベッドに横になると痛みが消えるという特徴がありました。何人かの脳神経外科医には大後頭減圧術を勧められたこともありました。 肉体的にも精神的にも苦しむこと4ヶ月、たまたまインターネットでバルセロナ神経研究所のロヨ先生が行っているアーノルド・キアリ奇形I型と脊髄空洞症の外科的治療である低侵襲治療の終糸切断手術の情報を見つけました。メールと電話で先生に連絡を取り、その後2007年10月22日にバルセロナへと渡りました。 診察時には、左上肢に広がる肩甲骨の痛み、胸部の筋肉と下肢部のしびれと痛み、耳鳴り、右上肢の衰弱、眼振、睡眠時の無呼吸症が見られました。そして2007年10月23日に終糸切断手術を受けることにしました。術後すぐに右上肢の力が回復し、左側の頸椎の疼痛も軽減しました。手術から1ヶ月後の検診では、完全に右上肢の力が回復し、頸椎の痛みも前回よりさらに和らぎ、精神状態も良くなりました。現在でも耳鳴りや下肢のしびれ、胸部と左肩の軽い痛みはありますが、睡眠時の無呼吸症状はなくなりました。 電話番号: (+39) 096 542 490 メールアドレス: [email protected]

レイナルド・イェグレス(Reinaldo Andres Yegres Ruiz): 脊髄空洞症、脊柱側弯症

  手術日:2007年9月 ベネズエラ人 私達は、レイナルド-アンドレス・イェグレス-ルイス(11歳)の父親レイナルド・イェグレス-ロペス(Reinaldo Yegres López)と母親カルメン・ルイス-デ-イェグレス(Carmen Ruiz de Yegres)です。息子の病気を知ってから私達がこれまでどのような道を辿ってきたかお話ししたいと思います。 息子の病気の症状が現れたのは2006年の7月で、臍ヘルニアの手術の時でした。保険会社からは、保証状の発行で腹部超音波検査が必要だったので受けさせたところ、左腎盂と左腎臓が通常より大きいことがわかり、また、膀胱も大きくなっていて(神経因性膀胱)、これが原因で便秘などの問題が生じていると専門家に言われました(確かに息子はかなり前から便秘ぎみでした)。 小児腎臓科の先生に、脊椎のMRI検査を受けるように言われ、その結果から2006年9月、脊髄空洞症(胸髄)と診断されました。しかし、当時の私達夫婦には脊髄空洞症がどんな病気なのかわかりませんでした。小児泌尿器科のかかりつけの先生に、診断名が正しいかどうか見るために再検査を指示され、その結果から病名が確定しました。もうその頃には脊髄空洞症に治療法が存在しないことや、進行性の病気で徐々に息子の健康を蝕んでいくなどの病気に関する知識を持っていました。とても元気に見えていた息子が、まさか空洞症のような恐ろしい病気を患っていたことに大変衝撃を覚えました。 ここベネズエラで複数の専門家に診てもらいましたが、そのうちの一人には何もできることはないと告げられ、もう一人の先生には脊髄にカテーテルを挿入するのが最善の選択肢だと言われ、もう一人の先生には保証はできないけれど頭部の手術を受けてみてはどうかと勧められました。 私達夫婦はもうどうしていいのかわからずひどく困惑し、神からの啓示を待ちました。私達の思いが神に届いたようで、息子のおじから、インターネットでスペインのバルセロナのロヨ先生という医師が何十年もの間、息子の病気に関する研究をしていると聞きました。そこで研究所のイサベル・モンテシーノスさんにコンタクトを取り、必要な検査データを送り、ロヨ先生と医療チームに息子の病状を診てもらった結果、脊髄空洞症が確定されました。また、空洞症以外に特発性脊柱側弯症を患っていることもわかり、息子に体に負担の少ない終糸切断手術を適用できるとの回答をいただきました。バルセロナキアリ研究所以外にも、アメリカの医療機関に息子のケースを相談しましたが、満足のいく回答は得られませんでした。 すぐにでもバルセロナで手術を受けさせようと思いましたが、当時必要な資金が揃っていませんでした。しかし、息子の病気がわかってから1年後、やっと資金を調達できたのでバルセロナまでロヨ先生の診察を受けに行きました。ロヨ先生の身体検査を受けたことで、息子の右手の握力が左手より低かったこと、バビンスキー反射という反射が未だに出ていたことに気づき、大変驚きました。バビンスキー反射は、幼児であれば普通に見られるようですが、息子のような11歳の子供には見られない反射です。これは病気によって脊柱の中の脊髄が影響を受けていた結果です。診察の翌日の2007年9月13日、ロヨ先生と医療チームに息子を手術していただきました。翌日の退院日に行われた身体検査で、バビンスキー反射がなくなっていることがわかりました。手術から15日後、徐々に右手の握力が回復し、便秘も解消していきました。 神に感謝するとともに、私達夫婦は一生ロヨ先生に感謝し続けるでしょう。先生が病気の研究をしてくださったおかげでこうして病気の原因がわかり、病気の進行を止める方法を突き止めてくださいました。また、ロヨ先生は息子に健康な子供として成長していける機会も与えてくださいました。息子と同じ病気で苦しんでいる方に、声を大にして病気の治療法が存在していることをお伝えしたいです。 以上が私達の体験談です。全世界のみなさんに共有したいと思います。

フランチェスコ・マウロ(Francesco Mauro): 脊髄空洞症

  手術日:2007年7月 イタリア人 私の名前はフランチェスコ・マウロです。1973年10月3日イタリアのクロトーネで生まれ、現在33歳です。結婚して13歳の娘がいます。 1997年まで建設業で働いて、普通の生活を送っていました。1997年から様々な形で健康問題が現れました。初期症状はめまいと激しい頭痛、背骨の痛みで、長時間仕事をすることができませんでした。 それがきっかけで血液検査を受けたり、内耳炎の疑いで平衡機能検査を受けたりしましたが、内耳炎ではなく中枢性に異常が出ていると言われ、病気を改善する治療は受けられませんでした。時間が経つごとに状況は悪化し、仕事を続けることが難しくなってきました。その当時、私は鎮痛薬を服用していました。 1997年後半、右上半身の異常、腕が痛くて麻痺するようになって、肌の色も青くなっていきました。たくさんの診察を受け、関節周囲炎の疑いでコルチゾン注射も受けました。 症状が悪化し、1998年8月に椎間板ヘルニアの疑いがあるからと、頸部のMRI検査を受けました。MRI検査を受けるのを待っていた1998年9月初旬、左下肢に痛みを覚え、運動機能に障害が出始め、15日後には何かにつかまらないと歩けなくなりました。ほぼ同時期に体の震えが始まり、時間とともに松葉杖がないと歩けないほど激しくなりました。その間、ミラノの病院でMRI検査を受け、1995年にトラックと正面衝突を起こす交通事故(前頭-頭頂外傷)に遭ったので、医者にはおそらく外傷性の脊髄空洞症だろうと診断されました。 当初、空洞は第6頸髄から第7頸髄まででしたが、1年後には第3頸髄-第7頸髄、しまいには第1胸髄-第2胸髄、第5胸髄-第8胸髄まで広がりました。症状は悪化していき、イタリア国内や海外の病院に頻繁に入院しました。 2000年にアメリカのフロリダにあるジャクソンメモリアル病院(Jackson Memorial Hospital)の神経内科医のバース先生、2005年にフランスのニースにあるアルシェ病院(Hôpital De L’archet 1)の神経系疾患の専門医に診てもらいました。病院によっては他の医者から言われた病名が間違っていると言う医者がいたり、私の症状からは病名を特定できないという医者がいたり、意味のない診察を繰り返しました。さらに私の頭がおかしいという医者もいました。感情的に不安定になり、しまいには本当に私がおかしいのではと思うまでになりました。幸運にも、乗り越えることができました。私は病気と闘うのをやめ、進行性で侵襲性の高い病気と生きていくことにしました。 1999年から、痙性対麻痺と痙攣により車いす生活になりました。時期によって異なりましたが、激しい痛みが体中にありました。また、血行不良で左下肢は血栓症になりました。それから数年、症状はあっても病気とのつながりを考えたことや、症状の原因を考えたことはありませんでした。 イタリアのレッコの病院の脳神経外科に入院している時、助けを求めることができないほど、睡眠時に胸部の激しい疼痛に襲われました。やっと一人の看護師さんが気づいて医者を呼んでくれましたが、先生には興奮しているだけだからと、体の状態を診ることもなく鎮静剤を処方されました。一晩中体調が悪かったですが、泣き虫だと思われるのが嫌で朝までじっと何も言わず耐えていました。 もう苦しむのに疲れてしまいました。心電図検査を受けるように言われ、脳梗塞が見つかりました(現在、心臓疾患は見られません)。循環器内科の先生には、病気によって異常が出ているのではないかと言われました。 何度も同じ検査を受け、幸いどの医者にも私の病気の原因を突き止められる医者はいませんでした。 さらに最初の数ヶ月、左目が出血し、蛍光眼底造影検査で網膜ジストロフィと診断されました。胸の疼痛、体の衰えと痛みでベッドから出られなくなりました。呼吸もしにくく、痛みが激しかったのでイタリアのクロトーネの病院の麻酔科・痛みセンターのバウクネット先生に診てもらいました。 1998年以前、交通事故や仕事場での事故が多発し、どれも頭に外傷を負いました。14歳の時に乗馬中に岩の上に転倒、仙骨部を強打しました。痛みが現れ、座っている時には足の痙攣が起こり、数分動かせないこともありました。 私の病気は誰にも治せないような気がしましたが、ある日、クロトーネの病院のピッチリーリョ先生とバウクネット先生から連絡が入り、病気の進行を止める可能性のある手術がインターネットで見つかったと言われました。先生達はすぐさまコンタクトを取りました。 2007年7月11日、やっとその時が来ました。ロヨ先生に診てもらって、どの医者のよりも価値のある診察を受けました。そして2007年7月12日、待ちに待った手術の時です。その日の朝、移動用ベッドに横になっている時、体の痛みがひどかったので唯一の心配は手術後ベッドでじっとしていられるかと、痛みに耐えられるかでした。 手術後、何も感じないことにびっくりして、最初は麻酔が原因かと思いました。ただ、数時間経っても術前にあったあの激しい痛みはなく、もう過去のものとなったのです。術後すぐに下肢、特に右脚の痙攣が軽減され、私も妻も嬉しさで胸がいっぱいになりました。 手術から数時間のうちに、脊椎が解放されたような感覚を覚え、魔法のように痛みは消えてしまいました。翌朝、自分の足で立ってみようと立ち上がると、一人で立ち上がれただけではなく、少しですが歩くこともできました。 現在、左脚の痙攣も順調に治まってきて、今は松葉杖を使うことなく歩行できます。7月12日から現在まで、ロヨ先生と医療チームの方々がしてくださったことに心から感謝しています。先生方のおかげで生まれ変わることができ、生きる楽しみを教えてくれました。辛い過去はもう過去のもので、現在には存在しません。そして、妻と娘にとって有益な未来になるよう人生設計するャンスもできました。 メールアドレス: [email protected]

カテリナ・ラベリ(Caterina Ravelli) :アーノルド・キアリI型症候群、脊髄空洞症、脊柱側弯症

  手術日:2007年4月 イタリア人 現在私は48歳です。小さい頃から頭痛持ちで、それは年を重ねるごとにひどくなっていきました。2000年から咳き込むようになって、頭痛もひどくなりました。頸痛と右腕痛もあったので医者に診てもらいましたが、原因はわからず、詳しい説明も受けられないまま、このような状況は2005年10月まで続きました。ひどい疲労感で、散歩をしただけでもすぐに疲れてしまい、脚はというと、コンクリートで固められたようにうまく動かせず、よく転んでいました。体中が焼けるような感覚とめまいがあり、バランスがうまく取れず、舗装されていない道を歩くのは大変でした。手に力が入らなくて、うっかり物を落としてしまう こともありました。視界がぼやけ、焦点も合わせにくく、光が異様にまぶしく感じました。手足の感覚異常、しびれ、痙攣、嚥下困難、息苦しさ、睡眠時無呼吸症候群、尿失禁、排便時の電気が走るような痛み、括約筋がうまく機能していない感覚もありました。怒ったり泣いたりすると、頭が圧迫されひどく痛みました。頸部の痙攣、温覚異常、筋痙攣、性欲減退、胃食道逆流症、高血圧も見られました。 2005年10月のある日、救急外来のXXX先生に診てもらった時、先生は痛みが頸椎椎間板ヘルニアから来ているものではないかと疑い、念のためMRI検査を受けるように言いました。そして、そのMRI検査の結果から、第5頸椎と第6頸椎の椎間板ヘルニアの他、アーノルド・キアリ奇形I型と脊髄空洞症(第 3頸髄-第1胸髄)が見つかりました。 イタリアのベルガモのOspedali Riuniti病院のXXX脳神経外科医に診てもらったところ、大後頭孔減圧術を勧められました。その手術では、大後頭孔の骨を削って、第1頸椎の固定術と硬膜の形成術をすると言われました。手術を受ける前にミラノのベスタ神経学研究所のXXX先生に診てもらいましたが答えは同じで、大後頭孔減圧術の実施でした。手術を受けなければ半身不随になるのではないかと怖くなり、少なくとも手術を受ければ車いす生活にはならないと思う一方、リスクの高い複雑な手術のわりに、病気の進行を防げるか確かではない手術を本当に受けていいのか悩みました。のちに神経内科のXXX先生にも診てもらい、手術を受けない方法はないかと相談しましたが、先生の答えはここでも大後頭孔減圧術の実施でした。その時から、私はいつ爆発してもおかしくない爆弾を体内に抱え、常に危険と痛み の中で生きていました。 希望を持たないようにするのは想像以上に難しいことで、痛みはひどくなるのに、あたかも何もなかったかのように振る舞い、自分が苦しんでいるのには何か理 由があるのだと自分に言い聞かせ、でも本当はどうしたらいいのかわからず、やるせなくなって頭を壁にぶつけたい気持ちでいっぱいでした。 ところがある晩インターネットで、ロヨ先生の手術を受けたというリタさんとリタさんのご主人のアンジェロさんの体験談を読みました。終糸切断手術はアーノ ルド・キアリI型症候群の治療で行われている手術で、ロヨ先生の研究はバルセロナ自治大学医学部の正教授の審査も通っているれっきとしたものです。終糸切断手術は、尾てい骨のところから終糸を切るので、髄膜を開く必要のない体に負担の少ない手術です(一方、一般的に行われる終糸切断手術は、脊髄係留症候群の治療で行われるもので、椎骨や脊髄を触る大変危険な手術です)。ロヨ先生の手術は痛みも、術後の手足協調訓練などのリハビリもありません。 2007年1月にロヨ先生に診てもらったところ、神経系の損傷リスクを考え、早期に手術を受ける必要があると言われました。私はいったんイタリアに戻り、 海外での治療を健康保険でまかなえるよう、手続きを始めました。その手続きはイタリアロンバルディア州の要請で、ミラノのベスタ神経学研究所所長のXXX 先生が払い戻しを許可するかどうか決めることになりました。結果、ベスタ神経学研究所からは、イタリアでもロヨ先生と同じ手術を受けられるとし、払い戻しは却下されました。 イタリアでもロヨ先生と同じ手術が受けられるなんて、それは違います!診てもらった先生達には、口をそろえて大後頭孔減圧術だけしか勧められませんでした。 イタリアのアーノルド・キアリ症候群と脊髄牽引症候群友の会の掲示板によると、ニューヨークキアリ研究所のXXX先生はベスタ神経学研究所と交流があり、 2007年3月30日のアーノルド・キアリ奇形と脊髄空洞症に関する養成講座で、”終糸切断手術の合理性”を言及していた時、ベスタ神経学研究所の脳神経外科医が終糸切断手術を行ったと話していたそうです。 イタリア国家は、国民が海外にいても緊急/不可欠であれば海外で治療を受けることを認めていますが、今回のように私の健康に不可欠な手術であるにもかかわらず、イタリア国内で受けられるからと、スペインのベテラン医師の手術の払い戻しを受理しないとはどういうことでしょうか。それとも、薬の売れない商売に ならない奇病は誰も関心を持たないのでしょうか。スペイン人という国籍の違いだけで、その医師が体に負担の少ない治療をしていても、かたくなに受け入れようとしないイタリアの態度はどうしてでしょうか。イタリアもスペインもヨーロッパではないのでしょうか。このような視野の狭さは、(現在では当然とされる)地動説を唱えたコペルニクスが否定されていた時代に戻ったかのようです。スペインでのヘルニア手術を受理されないのは理解できますが、終糸切断手術のような体の負担も痛みも少ない手術の払い戻しを却下するなんて…。 私は病院に勤務して30年になりますが、いい部分も悪い部分も見てきました。「科学」は大変閉鎖的な分野で、医療従事者の本質的価値さえも忘れさせます。 国民の要求に応え、よりより医療サービスを提供するためには、医療従事者は痛みに対するケアとそれに対する理解を忘れてはなりません。また、選択する自由および自己決定は、病気とともに生きる人の権利であり尊厳です。多くの場合、メディアはおもしろおかしくうわべだけの尊厳や権限を主張し、国民医療に対して否定的な立場を取っていますが、かといってよりより医療システムを望んでいるというわけでもなさそうです。 結論から言うと、私カタリナ・ラベリは2007年4月17日にロヨ先生に手術をしてもらいました。術後、ロヨ先生には私の終糸が太く、緊張状態にあったと言われました。翌日、退院前に行われた検診で、バビンスキー反射はなくなっていて、両手のしびれは80%改善していました。今まで痛みと冷たさしか感じなかった首や右肩は、手術から数年後、皮膚の奥深くまで手のぬくもりを感じられるようになりました。トイレに行っても頭は痛くならないし、尿失禁ももうあり ません。 退院後の午後、ゆっくり散歩をしていると、今までコンクリートで固められていた脚のつま先が温かくなっていることに気づきました。以前は、針で刺されたような痛みと痺れもありましたが、もうありません。生きていると感じました。術後、お尻にガーゼを貼られイタリアに帰ってきました。お尻にガーゼなんてここ で言うのも恥ずかしいですが、普通の生活が戻ってきたことが嬉しくて、つい言いたくなってしまいます。 ロヨ先生には、多くの症状は神経組織の再生不可能な損傷によって起こっているものだから改善することはないけれど、死亡してはいないものの機能しなくなっ た神経組織がある場合は、血液循環が回復することによって、症状が改善するかもしれないと言われました。脊髄は苦しみから解放されたので、あとは術後の経過を見守るのみです。時間はかかるかもしれませんが、もうすでに耳の後ろを釘で打たれたような感覚はなくなり、今は痺れだけなので、それだけで十分です。 早期に手術をすれば早期に回復することを、今更ながら実感しました。 他の患者さんは、どうでしょうか。どうして大後頭孔減圧術以外に治療法があることを教えてもらえないのでしょうか。私は幸運にもインターネットを通じて終糸切断手術という治療の可能性を見つけ、現在私は、ロヨ先生に手術をしてもらった患者さんと知り合う機会に恵まれ思うのは、イタリアに私達患者の存在を認めてほしいということ、また、この奇病や治療法について議論を交わし、終糸切断手術を受けるのは私達患者の権利であることを認識してほしいと思っていま す。苦しい現状に置かれている皆さん、皆さんは一人じゃありません。奇跡なんてものではなく、本当に痛くない治療法が存在していて、それはみなさんが受けられるものです。 手術は短時間で終わり、リハビリも必要ありませんでした。手術から1年後に行われたMRI検査で空洞の縮小が確認され、ベルガモのOspedali Riuniti診療放射線技師は手術の効果にびっくりしていました。神経内科のXXX先生の術後検診およびMRI画像診断の結果、終糸切断手術が有益であ ることが証明されました。 手術を受ける前は、右側の舌がしびれて痒くなっていたのですが、今はもうその症状もなくなりました。また、頭と肩の疼痛に関しては、まるで鎮痛薬を飲んだかのように術後軽減しました。手術から数年ののち、やっと何回咳をしても頭が爆発するような感覚はなく、ペットボトルや瓶のふたも自分で開けられるように なりました。今後他の症状に改善が見られなかったとしても、今日までに得られた結果は、私にとって最高の贈り物です。 ロヨ先生、危険な状況から私を救ってくれてありがとうございました! 2009年1月8日 ベルガモ(イタリア) カタリナ・ラベ メールアドレス: [email protected]

マリア-ホセ・ヒル(Maria José F Gil):キアリ奇形I型、脊髄空洞症、脊柱側弯症

  手術日:2007年3月 スペイン人 こんにちは。私はロヨ先生の患者で、現在21歳です。アーノルド・キアリ奇形I型、脊髄空洞症、脊柱側弯症を患っています。幸いにも病気の症状がほとんど出る前に病気の存在を知りました。 私は小さい頃から頭痛があり、両親はあまり気にしていなかったようですが、大事を取って小児科で診てもらい、そこで言われたことは、もっと牛乳を飲めということだけでした。背中の痛みもあったので、外傷医にも診てもらい、そこで初めて私が脊柱側弯症を患っていることがわかりました。 その後18歳ぐらいになって、大学受験の勉強をしていた頃、なんだか体が浮いているような感覚を覚えました。頭痛はありませんでしたが、息苦しくなって、勉強に集中することができませんでした。病院に行くと、ストレスが原因で筋肉の拘縮が起こっていると言われ、私自身も納得していました。しかし、2ヶ月も立たないうちにまた筋肉の拘縮があり、その時は8月で試験も終わっていたので、今回はストレスが原因ではないと思いました。そこで先生に、MRI検査を受けるように言われ、そのMRIの結果からアーノルド・キアリ奇形I型と脊髄空洞症が見つかりました。 その後、脳神経外科に回され検査を受けた後、診断が確定されました。しかし、他に症状はなく、検査にも異常が見られなかったので、先生にはもう少し経過を見ていこうと言われました。知り合いにそのことを話すと、スペインのバルセロナにあるVall d’Hebrón病院に行ってみたらいいと勧められ、そこで診察を受けました。そこでは、すぐにでも手術を受けた方がいいと言われました。それからかなりの時間待って、やっと次の診察を受けることができました。先生から手術の説明を受けて、すべてが終わるまでに4ヶ月ほどかかるかもしれないと言われました。 私と同じくらい両親も怖くなったようで、色々な手段を使って情報を集め始めました。その甲斐あって、父がバルセロナ神経研究所のウェブページを見つけました。父は知り合いの医師に、バルセロナ神経研究所が何か変な機関ではないか確かめてくれましたが、あまり情報は得られませんでした。最初のうちはよく理解できませんでしたが、終糸切断手術が、頭蓋骨に一切触れない、体に負担の少ない手術だということを考慮し、一度ロヨ先生の診察を受けてみようと思いました。診察中、終糸切断手術の情報があまりにも少なかったのと、他の医師に勧められた手術法とはかなり違ったものだったので、 希望を抱いて診察には臨みましたが、私は先生に対して少し疑いの念を抱いていました。しかし、診察室から出た私は、前よりも希望を抱くことができるほどロヨ先生を信用していました。 1ヶ月も経たないうちに手術をしました。手術後目を開けると、病室には両親の姿がありました。手術後すぐに体の変化に気づき、もう少し経ってからさらに変化を感じました。時間が経つにつれて、他の症状も改善していることに気づき、その症状が実は病気によるものだったとその時初めて気づいたものもありました。 他の医師が行っている手術は実に残虐で、終糸切断手術が効果的な手術であるにもかかわらず、患者がその情報を医師からほとんど得られないのは不公平だと思います。そういったことから今回私はこの体験談を書くことにしました。質問があれば、いつでも連絡してください。 メールアドレス: [email protected]

アントニオ・ビクトリア医師:頸椎椎間板ヘルニア、チタンケージによる頸椎固定術(C5-C6)

  手術日:2006年9月 この場をお借りしてロヨ先生に深く御礼申し上げます。 私の名前はアントニオ・ビクトリアです。47歳で、総合病院の救急医療サービスの医師として非常に忙しく働いています。 数ヶ月前から鎧を着ているような感覚、太ももの部分が締め付けられているような感覚があり、最初は暑さと仕事のし過ぎが原因だと思っていましたが、ある当直の晩、左腕と左脚の力が抜けていくのを感じ、その時は脳血管の異常かと思いました。仕事が終わり、以前から頸部痛と左手の親指と人差し指に痛みがあったのですぐにMRI検査を受け、その結果頸椎椎間板症を患っていることがわかりました。ほんの2分も経たずにバルセロナのコラチャン病院で脳神経外科医として働いていたロヨ先生に連絡を取りました。先生の手術のおかげで、その後数日で仕事復帰できるまでに回復することができました。 同じような健康問題を抱えているみなさんに、ぜひ私のように行動を起こしてほしいと思っています。 ロヨ先生、本当にありがとうございました。 メールアドレス: [email protected]

テレサ・バルマニャ(Teresa Balmaña):アーノルド・キアリ奇形I型

  手術日:2006年7月 スペイン人 2005年5月、当時65歳だった時に後頭部から前頭部と目の奥にかけて、電気が走るような鋭い痛みがありました。その痛みは15秒から20秒ほど続き、痛みの度合いと頻度は徐々に増え、病状は悪化していきました。嚥下障害が現れ、2005年12月には全ての症状が頻繁に出るようになりました。病院に行くと、先生には頸椎の関節炎、神経症、不安感が原因ではないかと言われ、抗炎症薬と鎮静剤を処方されましたが、症状は日々悪化していきました。薬の効果は感じられず、2006年1月に痛みの度合いと頻度は増し、耐えられない痛みとなりました。咳、くしゃみ、突然頭を上げたり下げたり、大声で話したり、騒音を聞いたり、トイレに行っていきんだり、何かを見ようと頭を左右に動かした時に症状が悪化していることに気づきました。当時の症状は本当に恐ろしいものでした。 私は一度に何人かの神経内科の先生に診てもらい、その度に鎮静剤を処方され、全て服用しました。薬の服用量については医師に説明済みでしたが、特に何も言われませんでした。処方された薬のほとんどは鎮静剤で、薬で痛みが緩和したのはほんのわずかで、薬の過剰摂取によって中毒症状が現れ、私ではなくなりました。一人では怖かったので外出する時は必ず誰かに付き添ってもらいました。痛みを悪化させないために、徐々に薬の量を増やさなければなりませんでした。 視力や聴力を診てもらいましたが、異常はありませんでした。その後CT検査を受けましたが、特に異常は見つからず、公立病院の神経内科を紹介されました。薬を変更するように言われ、違う薬を飲みましたが、効果が得られなかったため、MRI検査を受けることになりました。しかし、公立病院でストライキがあり、これ以上痛みに耐えられなかったので、私立病院で自費でMRI検査を受けました。 少し前にパソコンを買ったばかりだったので、どうやって使ったらいいのかわかりませんでしたが、パソコンでインターネットに接続すると何でも見つかるということは知っていました。パソコン講座を4回ほど受け、インターネットに接続することができました。痛みで眠れなかったので、夜はもちろん日中も何時間もかけて頭痛、脳神経痛、片頭痛、三叉神経痛など、あらゆるものについて本を読んだり調べたりしました。私にとっては心休まる瞬間でした。自分に何が起こっているのかわからないのは地獄であり、時間を潰すため、そしてこれ以上苦しまなくても済むように解決策や治療法を探しました。 公立病院の神経内科の先生にMRI検査を持っていったところ、アーノルド・キアリ奇形I型を患っていることがわかりました。先生は辛抱強く私の病気と向き合ってくれ、他の薬を試してみるように言ってくれたり、私のために手術以外の効果的な治療法(私は手術に消極的でした)を見つけようとしてくれたりもしました。しかし、固形物を飲み込むことができず、私があまりにも苦しんでいるのを見て、先生は脳神経外科を紹介しました。そして、神経外科の先生は注意深く手術について説明してくれ、私の質問にも全て答えてくれました。しかしながら、手術を受けなければならないと言われたので、検討してみると答えました。 受診したすべての医師や神経内科の先生に、頭の手術を回避できるよう全力を尽くすと言われました。私は何時間もかけて自分の病気が何なのか、そして一般的な手術はどのようなものなのか、数え切れないほどある医学論文を自分で探して読んでいきました。パソコンで検索すると、大後頭孔減圧術について非常に詳細に書かれた論文を見つけ、それによるとこの手術は非常に危険で、手術による治癒の可能性はほとんどなく、そのリスクの割合は受け入れ難いもので、患者それぞれ病気を患っている期間、現在ある症状は異なりますが、多くの重大な影響をもたらすのは明らかでした。 私は絶望し、他に解決策も見つからず途方にくれていました。再度インターネットにアクセスし、膨大な情報があり、そのため一部調べ忘れもあったため、今度は「アーノルドキアリ奇形 一型 助け」と入れたところ、いつもとは違う論文が出てきて、その中にバルセロナ神経学研究所のホームページが出てきてクリックをすると、アーノルド・キアリ奇形I型とリスクの少ない終糸切断手術という治療法に関するロヨ先生の論文を見つけました。たった1日の入院で病気の原因を取り除くことができると書いてあり、患者さんの掲示板などでは、多くの患者さんがこの終糸切断手術に満足していると読みました。ロヨ先生には、終糸切断手術は脊椎の構造を変える心配がない背中の末端にある仙骨部の小さい切開で、顕微鏡を用いて終糸は切断されると説明を受けました。 さらに、私はロヨ先生の他の論文を読みましたが、先生は非常にプロフェッショナルな医師であることがわかりました。私は迷わずロヨ先生に連絡を取り、全てを委ねることにし、手術前に必要な検査を全て受けました(その検査から、軽度の側弯症を患っていることがわかりました)。2006年7月4日にコラチャン病院(Clínica Corachan)で手術を受け、翌日の7月5日に帰宅しましたが、6日にベッドから起き上がった時には、すでに頭痛がなくなっていました。自分でも信じられませんでしたが、朝食を取っていたところ、固形物が飲み込めるようになっていました。7月12日に抜糸があり、もう痛みはありません。以前は死んでいるような気分でしたが、今は生き生きとしていて、とても気分がいいです。これも神様、そしてロヨ先生のおかげです。ロヨ先生と医療チームの皆さんには大変感謝しています。私は先生の著書の中で、先生が人生の30年を病気の研究に捧げ治療を行ってきたことを読みました。終糸切断手術は、現在もなお改良のための研究が続けられています。今後も多くの患者さんが終糸切断手術を受けられ、やがてはその実績が評価されることを切に願っています。 アーノルド・キアリ奇形、または脊柱側弯症や脊髄空洞症などを患っている人に私が今お伝えしたいのは、原因を取り除くことで痛みを止めることができ、病気による苦しみから解放されるということです。私が病気を治すことできたのは悪化する前に手術を受けることができたからです。手術の効果は私が証明できます。術前にあった頭痛はひどいもので、このような苦しみがあってはなりません。ある程度の生活の質がなければなりません。 アーノルド・キアリ奇形はあまり知られていない稀な病気で、今後、公立病院で終糸切断手術が行われればと思っています(どれだけ多くの人が痛みから解放されるでしょうか)。私自身、このまま苦しんで死にたくなかったですし、頭部の手術への恐怖から、私はたまたま(もしくは執念から)、インターネット上でロヨ先生の終糸切断手術について知ることができましたが、私もそうだったように、多くの人がこの治療法について知りません。偶然にも、「経済的理由で治療を受けることが難しい患者さんに対する特別条件」というセクションを研究所のホームページ上で見つけ、非常に感銘を受けました。 私をここまでサポートしてくれた家族、兄弟、子供達、そして友人たちに大変感謝しています。彼らなしではここまで辿り着くことはできなかったと思います。私が苦しんでいるのを見て、私を助けるために多くの時間を費やしてくれました。 また、私の病気の原因を解決するために最善を尽くしてくれた全ての医師と神経内科の先生に感謝申し上げます。私は、日々の苦しみから解放されるためにあらゆる方法で病気に立ち向かっていた当時、先生たちは電話での相談に快く何度も応じてくれました。大変お世話になりました。 アーノルド・キアリ奇形と診断された方で、私と連絡を取りたい人がいましたら、[email protected]か(+34) 937 612 963 に連絡してください。喜んで質問にお答えします。痛みから解放される手段がある今、誰も痛みで苦しむ必要はありません。 連絡先: (+34) 937 612 963 メールアドレス: [email protected]

無料医療相談はこちらから