ジュリア:脊髄牽引症候群、脊柱側弯症(胸腰椎)

  手術日:2009年6月 イタリア人 私たちはジュリアの保護者で、ロヨ先生や研究所のチームの皆さんには、当時まだ7歳だったジュリアがお世話になり大変感謝しています。 ジュリアの健康問題は2008年2月に始まりました。 軽度ではありましたが、ジュリアのX脚が気になったので整形外科の定期検診に4歳の時から連れて行っていました。最後の検診の時にジュリアを診てくれた先生が丹念に検査をしてくれたおかげで(他の先生は脚だけ検査して終わりでした)、背を曲げると左右の肩の高さが違うことがわかり、そこで特発性脊柱側弯症と診断され、その後に行ったX線検査でも側弯が確認されました。 その時から病気を治すためにいくつもの整形外科や接骨院を回り、理学療法士や指圧師のもとも訪ねました。 その後わかった脊柱側弯症の大きな問題は、この病気に効果的な治療法はなく、高度の側弯症になるとコルセットを装着することしか病気を治療できないということです。 2009年2月に撮った全脊柱X線検査の結果、不幸にも側弯症が悪化しているのがわかり、2009年3月16日にジュリアをロヨ先生のもとへ連れて行くことにしました。 終糸切断手術は勧められないとイタリアの医者全員に言われたので、手術に対して強い疑念はありましたが、私たちはジュリアに終糸切断手術を受けさせてみようと決めました。手術は2009年6月16日に無事に行われました。 それから一年後の2010年6月に、嬉しいことがわかりました。 23/02/2009 30/04/2010 31/08/2011 14/06/2012 それは、脊柱の進行が止まっただけではなく、1、2年前に撮った全脊柱X線検査と現在のものを比べると、明らかに側弯が改善されているということです。ロヨ先生の終糸切断手術がいかに効果的であるか、上のジュリアのX線検査を見れば一目瞭然だと思います。 娘を救ってくれたキアリ研究所のロヨ先生には感謝してもしきれません。私たち家族は前よりも幸せで、あの時ジュリアの手術を決めて本当によかったと思っています。また、常に私たちを助けてくれたキアリ研究所のジョイアさんにも感謝しています。そして最後にリタさん、近くで私たちを励まし、前に進む力を与えてくれて本当にありがとうございました。 いつでもご連絡ください。

セリア・ナボット(Celia Nebot):キアリ奇形、脊髄空洞症

  手術日:2003年7月 カタルーニャ人・スペイン人 こんにちは、私の名前はセリア・ナボット(Celia Nebot)です。43歳で、バルセロナに住んでいます。脊髄空洞症とアーノルド・キアリ奇形I型を患っています。 若い頃から腰痛と首の硬直があり、その時から病院と医者巡りが始まりました。診察ではレントゲンを撮るだけで、他の検査は受けさせてくれませんでした。診断は決まって、仕事が原因の拘縮でした。次の診察が9ヶ月後ということもありましたが、何年もの間、何か解決策があるのではないかと期待しながら毎日を過ごしていました。次の診察日が訪れ、またいつもと同じようにレントゲンの撮影だけ指示されました。 レントゲンを見た医師には、「何とコメントしたらいいのかわからない」と言われました。先生に再検査を受けられないか頼むと、またレントゲンを受けることになりました。結局異常は見つからず、これ以上検査を受けてもしょうがないと言われました。診察室を出て、私は怒りと無力感で涙があふれました。 時間が経つにつれて体調は悪くなっていき、ある日勤務中に首が動かせなくなるという、今まで経験したことがない症状が現れました。病気休職のための診断書をもらいにバルセロナの病院へ行き、サンチョ先生という医者に診てもらいました。私の顔を見るなり、減量すれば体調がよくなると言い、病院で付けてもらった頸椎カラーを外しても痛みが取れないようなら、ここではなくリューマチ科の先生のところに行くように言われました。 診察日になって、またそのサンチョ先生に診てもらわなければなりませんでした。先生によると、私の病気は線維筋痛症とうつ病から来ているとのことでした。何年もの月日が経ち、その度にめまいと頭痛、疲労感は悪化していきました。仕事もできず、徐々に家事もできなくなりました。ある日の朝目を覚まして起きようとすると、また首が動かせなくなりました。すぐにバルセロナの病院に向かい、やっと専門知識を持った内科の先生に診てもらえました。先生は私の話に熱心に耳を傾けてくれ、バルセロナ神経研究所のロヨ先生に一度診てもらったらと提案してくれました。 ロヨ先生の診察は素晴らしいものでした。今まで診てもらった先生の中でこんなにも質問を投げかけてくれた先生や、反射や感覚などの検査を丹念にしてくれた先生はいません。診察後、MRI検査と全脊柱X線検査、筋電図検査を受けるように言われました。指示された検査結果を持って先生のもとに行くと、ロヨ先生から今まで聞いたことのない病名、脊髄空洞症とアーノルド・キアリ奇形を告げられました。診察中、ロヨ先生は病気の原因に関することや、病気の治療で行われている2つの手術について詳しく教えてくれました。例えばバルセロナの一般の病院で行われている手術(大後頭孔減圧術)は、長時間の手術でリスクの高い外傷性の手術であること、その手術を受けた患者さんは良くなるどころか、悪化していくこともあると言います。一方、ロヨ先生が行う手術(終糸切断手術)は短時間で終わる簡単な手術で、ほとんどリスクのない手術だそうです。手術を受けた患者さんの中には、術後に症状の回復を感じられたと言います。私は終糸切断手術を受ける21番目の患者になると言われましたが、先生を信頼していたので手術の選択はとても容易でした。 家に着くなり、インターネットで自分の病気について調べ始めました。病気の重大さに気づくと同時に、ロヨ先生の話を聞けたことで、すべてにつじつまが合うようになりました。終糸切断手術を受けた患者さんの体験談を読んで不明な点もなくなり、私の選択は間違ってなかったと思えました。それから5日後、私は手術室にいました。手術から数時間で、両手と左脚の痛覚が戻り、首の痛みもなくなりました。術後の回復は驚くべきものでした。以前は寝るのに枕を5つ使っていたのが、今はもう必要ありません。血圧も正常に戻り、温覚も回復したので、これからは熱い物を持つ時は注意しなければなりません。手術のおかげで100%人生が変わりました。仕事に復帰し、性格も明るくなって、家族との関係も改善されました。 この体験談を書くまで、かなりの時間を要しました。一つは文章を書くのに慣れていないこと、もう一つは人生を変えてくれたロヨ先生や研究所チームへの想いをきちんと込めて体験談を書きたかったからです。希少な病気なので患者同士が力を合わせて、私達の病気の研究に資金と労力を注いでくださっている先生をサポートすることが大切です。先生が今後も研究を続けてくだされば、きっと病気の治療に向けての道が開かれ、他の患者さんもその恩恵が受けられると思うのです。どうして一部の医療機関しか先生の存在を知らないのでしょうか。もしかするとロヨ先生の手術が広まってしまうと、誰かの利益に影響が出てしまうのかもしれません。 追伸:病気の回復をずっと待ちいつも支えてくれた夫のペラに、心から感謝の気持ちを伝えたいです。 セリア・ネボット-ヌゲラ 2009年4月14日 バルセロナ メールアドレス: [email protected]

クリスティナ・パスカレ(Cristina Pascale):脊髄空洞症、脊髄牽引症候群

  手術日:2009年4月 ルーマニア人 私の名前はクリスティナ・パスカレです。30歳です。ルーマニアのブカレストに住んでいます。ロヨ先生の患者で、脊髄牽引症候群、胸腰髄空洞水症と診断されました。 病気の症状が現れたのは2008年の4月でした。右足が痛み、薬を飲んだ時しか痛みから解放されることはありませんでした。 2008年6月から2009年3月の間、症状は悪化していきました。両脚が痛くてうまく歩くことができませんでした。痛みはずっと続くわけではなくて、普通に歩ける日もあったり、ゆっくりしか歩けない日があったりと様々でした。また、腰部の痛みもありました。 それから月日が経ち、インターネットで私の病気に関する情報を探していたところ、バルセロナキアリ研究所のホームページを見つけ、連絡を取りました。研究所に2008年9月に撮ったMRI画像を送りロヨ先生にみてもらった結果、胸腰随空洞水症を患っていることがわかりました。 2009年3月にすべての準備が整い、終糸切断手術を受けにバルセロナに渡りました。 ロヨ先生に診察してもらい、そこで改めて手術を受ける決心がつきました。手術が私に残された唯一のチャンスだと思ったからです。次の日手術を受け、術後数時間で感覚が戻ってきました。術後1ヶ月経って検診のためにバルセロナに戻りました。現在まで順調に回復してきているのがわかります。痛みがすべて消えていき、今はまるで病気を患う前の100%元気な自分に戻ったかのようです。 ロヨ先生と研究所のチームのみなさんには感謝の気持ちでいっぱいです。私を励まし支えていただき本当にありがとうございました。 私からこの体験談を読んでいる方にアドバイスをさせていただくとするならば、もしこれを読んでいる方の中で脊髄空洞水症と診断された方がいるのであれば、ぜひロヨ先生のもとを訪ねてください。先生の手術が唯一の解決法です。 クリスティナ・パスカレ

アンヘル・フェルナンデス(Angel Fernandez):キアリ奇形、脊髄空洞症、脊柱側弯症

  手術日:2009年2月   スペイン人 みなさん、こんにちは。私はロヨ先生の患者のアンヘル・フェルナンデスと言います。27歳で、スペインのバレンシアに住んでいます。アーノルド・キアリ奇形I型と脊髄空洞症(頸胸髄)と脊柱側弯症を患っています。幸い私は病気の症状のすべてが発症する前に、これらの病気にかかっていることを知ることができました。 小さい頃から激しい頭痛があり、1993年両親にバレンシアの総合病院に連れて行かれました。そこでMRIや頸部のCTスキャンなどの検査を受け、その結果から軽度の側脳室拡大、水頭症、大頭症が明らかになり、両親は神経内科医には、脳室拡大が生まれつきのものなのか、それとも後天的なものなのか定かではないから、1年後にまた検査を行おうと言われました。もし後天的なものであれば、弁を装着するための手術を受け、もし先天的なものであれば、それは普通のことだから手術する必要はないとのことでした。 1994年に同じ検査を受けたところ、第三脳室と側脳室の拡大が見つかりました。比較するために他の検査もし、必要であれば1年後にまた検査をすると言われました。 1995年に同じ検査を受け、側脳室と第三脳室の軽度の拡大がわかり、前年に受けた検査結果と比較しなければならなくなりました。その後神経内科医には、脳室の拡大が見られないから退院してもいいと言われました。それから2年間の治療で、私のMRIにはしっかりと脊髄空洞症が写っていたはずなのに、私を担当した医師には見えなかったようです。 2007年から頭痛とめまいを伴う頸部と腰部の痛みがありましたが、仕事(職業は美容師です)の姿勢が原因で起こっているものだからと、あまり気にしていませんでした。2008年、手がしびれるようになり、痛みの程度も頻度も増したので、外傷専門医のところを訪ねました。検査をしないまま、私は頸部拘縮があるから理学療法を受けるように言われました。マッサージを受けましたが、3日後にはほとんど歩くことができず、頭と首の痛みや、めまいの症状が悪化していきました。再度外傷専門医に診てもらい、バレンシアの病院でMRIを受けられるよう手続きをしてもらいました。検査結果には脊髄空洞症とキアリ奇形I型の文字がありました。総合病院の医者は、15年前に行ったMRIでは発見できなかったことになりますが、その後、ロヨ先生に93年と94年、95年と97年に撮ったMRIを見せた結果、しっかりと脊髄空洞症が写っているのを確認してもらいました。 当時、様々な脳神経外科医の意見を聞いて回りましたが、3人の先生には、体に負担のかかる大後頭孔減圧術を受けるよう勧められました。一人の先生には、病気の症状がまだ始まってないから、7ヶ月間様子を見てから手術をしようと言われ、もう一人の先生には、病気は進行していないけれど、四肢麻痺になる病気だから今手術をしなければ車いす生活になるだろうと言われました。 たまたま私のいとこが、インターネットで私の病気について情報を探してくれたおかげで、ロヨ先生とロヨ先生の医療チームの存在を知り、ロヨ先生の手術を受けた患者さんの何人かに連絡を取ってみることにしました。私が話しをした患者さんは全員私と同じ症状を持っていて、ロヨ先生の行っている終糸切断手術で病気の原因を取り除くことができ、手術の翌日には完全に回復していたと聞きました。また、大後頭孔減圧術のように体に負担のかかる危険な手術ではないと聞きました。いとこは私のために2月25日の水曜日に診察予約を入れてくれました。 診察後ロヨ先生に、手術は病気の進行を阻止するために行われるものだけれど、神経に再生不可能な損傷がなければ、人によっては症状の回復が見られるかもしれないと言われました。診察時に行われた身体検査では、手と胸郭上部に冷たさを感じませんでした。足底反射は通常とは反対の反応が見られました。翌日の午前10時に手術が行われ、私は病気で失った感覚をすべて取り戻しました。頭と首の激しい痛みは術後すぐになくなりました。 1ヶ月後に術後検診に行きました。現在、日に日に回復していくのを感じ、今ではほとんど頭痛がありません。普通の生活を送ることができなかった1年間の悪夢から、やっと目を覚ますことができました。 私と同じ奇病で苦しみ、将来は車いす生活を強いられているたくさんの人を、私の体験談を通して少しでも救えることを願っています。 ロヨ先生と医療チームの方々には色々とお世話になり、大変感謝しています。脊髄空洞症を患っている方には、ぜひバルセロナキアリ研究所とコンタクトを取ってみることをお勧めします。 アンヘル・フェルナンデス メールアドレス: [email protected]

クリスティーナ・ガロニ(Cristina Garroni):キアリ奇形、脊柱側弯症

  手術日:2009年2月 イタリア人 みなさん、こんにちは。私の名前はクリスティーナ・ガロニです。41歳で、イタリアのミラノ県のコンコレッツォに住んでいます。ここで私の話を共有したいと思います。 思春期の頃から頭痛や肩、首の痛みに苦しんでいました。2008年に入った頃から右腕の痛みが出てきて、数ヶ月後に痛みは激しいものになりました。11月には腕を持ち上げたり手をひねったりすることができなくなりました。12月、先生に頸部と胸部のMRI検査を受けるように言われ、その時素敵なクリスマスプレゼントをもらいました…アーノルド・キアリ奇形I型です。 1月13日に脳神経外科医を訪ね、その先生に言われた絶望的で冷たい言葉は「減圧術で手術しなければなりません。春までは待てますが、それ以降は危険を伴います」でした。 絶望感と共にうちに帰りました。もう私は疲れきっていて、息子を見るなり涙があふれました。翌日インターネットでバルセロナキアリ研究所のホームページを見つけました。そこにあった体験談を読み、終糸切断手術を受けたクローチェ先生に連絡を取り、他の手術を受けたリタさんの連絡先も教えてもらいました。その翌日バルセロナキアリ研究所に電話し、ジョイアさんと話しました(彼女は私にとって天使です!)。そこで、すぐにMRI画像を送るように言われました。 キアリ研究所の医療チームが検査画像を通して私の病状を確認した後、2009年2月4日にキアリ研究所での診察を予約しました。そして2009年2月5日、ロヨ先生に手術をしてもらいました(先生も私にとって天使です!)。 手術を前に恐怖感はありましたが、先生が力を与えてくれました。手術の翌日にはゆっくりではありましたが、バルセロナの街を歩くことができました。国に帰ると、腕の痛みが消えていて、腕を上げることもボトルのふたを開けることもできました。信じられませんでした!手術から1ヶ月後、術後の身体検査のためバルセロナに行きました。全体の70%は回復していました。 今年(2010年3月)も1年検診のためバルセロナに行き、術後1年が経ちましたが、完全に腕の筋力は回復し、それどころか以前よりも力が入るようになりました。 現在調子はいいですが、以前より回数は減ったもののまだ頭痛は残っています。医療チームの方々、特にロヨ・サルバドール先生には感謝しています。私にとって先生はまさにサルバドール(救世主)です。そしてジョイアさん、いつも電話越しで支えてくれてありがとうございました。彼女からたくさんのエネルギーをもらいました。 また、リタさんにもお礼を言いたいです。いつも私を励まし支えてくれて、明確な答えをくれました。 私を支えてくれたみなさんにとても感謝しています。簡単な手術で、私は以前の自分に戻ることができました!

サンドラ・オリベル-ヌゲラ(Sandra Oliver Noguera):アーノルド・キアリI型症候群、脊髄牽引症候群

  手術日:2009年2月 スペイン人 こんにちは。私の名前はサンドラです。11歳で、スペインのバレアレス諸島のマジョルカ島に住んでいます。1年前にアーノルド・キアリI型症候群と診断されました。 頭痛の症状が出始めたのは約2年前でした。時々痛む程度だったので、最初は両親も気にしていませんでした。それから数ヶ月後、頭痛の回数が増えたので両親は小児科の先生に相談しましたが、ホルモン変化から来るものか緊張性頭痛だろうと言い、あまり心配していませんでした。頭痛の頻度がそこまでひどくなかったのと、偶然にも週末や長期休暇の時に頭痛がなかったので、両親も頭痛の原因は勉強のストレスによる緊張性頭痛だと信じていました。しかし、週末や休暇に関わらず毎日のように頭が痛くなったので、両親もさすがに心配し始め、私がMRI検査を受けられるよう先生にお願いしていました。その検査結果から、両親の悪夢は始まりました(あくまでも二人にとってです。私は自分自身の病気について全く知らされてなくて、ロヨ先生の診察日前日にすべて教えてもらいました)。 MRI検査報告書には、小脳扁桃が第1頸髄-第2頸髄の位置まで下垂している「キアリ奇形I型」と書いてありました。 おそらく島中の脳神経外科医に診てもらったと思います。その先生達全員に、大後頭孔減圧術という恐ろしい外科手術を受けなければならないと言われました。多くの神経が通う部分を手術するので危険を伴い、場合によっては後遺症が残り、最悪の場合手術後生きて帰れないこともあるそうで、両親は私にそのような手術を受けさせるのは残虐行為だと考えていました。小児科の先生には、頭痛の症状しかないからもう少し待ってから手術を検討しようと言われました。 小児科の先生は、いつも両親を励ましていました。そのおかげインターネットでロヨ先生のクリニックを見つけることができて、危険な手術以外の選択肢を見つけることができました。それは終糸を切断するという手術で、約35分のリスクを伴わない手術です。 手術後、すぐに効果は現れました。頭痛はなくなり、心の重荷も取り除かれたようでした。手術の翌日には家に帰れました。体に負担の少ない手術で効果がある、本当に素晴らしい技術です。 今、手術から1年が経ちましたが、あんなに激しかった頭痛も完全に消え、頭痛がたまに現れたとしても、前の痛みとは比べものにならないくらいの痛みです。腹部の感覚と握力も回復しました。ロヨ先生の診察を受けるまで、腹部の感覚と握力に異常があったことに気づきもしませんでした。また、前よりも記憶力が上がって、以前も学校でいい成績は取れていましたが、今は頭の圧迫感がなくなって勉強に集中できるので、前よりもっといい成績を取ることができています。 自分が病気だということを忘れさせてくれたロヨ先生と医療チームのみなさんに、改めて感謝の気持ちを伝えたいと思います。ありがとうございました。 サンドラ 電話番号: (+34)971605932 – (+34) 629542075 メールアドレス: [email protected] 2011年 2012年

エバ・ドミンゲス-バストン(Eva Dominguez Bastón): アーノルド・キアリI型症候群、脊柱側弯症、脊髄牽引症候群

  手術日:2009年1月 スペイン人 みなさん、こんにちは。私の名前はエバ・ドミンゲスです。現在16歳です。 病気がわかったのは2005年3月の午後で、バレエの先生に背中の状態を指摘されたことがきっかけでした。先生は授業が終わってから母に私を病院に連れて行くように言い、12歳の時脊柱側弯症(特発性脊柱側弯症)と診断されました。 側弯症の経過を見るためによく病院に行って、レントゲンを撮っていました。側弯が進行しているのがわかると、これ以上悪化させないためにコルセットを装着することになり、24時間着けなければなりませんでした。 ある日、外傷センターの検診で手術の話をされました。チタン製の骨で脊椎を固定して側弯を矯正するというものでした。側弯症が完治される保証はなかったので、手術を受けようとは思いませんでした。インターネットで情報を探し始めた頃、バルセロナキアリ研究所のことを知りました。2008年12月にバルセロナに行って、ロヨ先生の診察を受けました。診断に必要な検査を受けたところ、脊柱側弯症のほか、アーノルド・キアリI型症候群(アーノルド・キアリ奇形I型)が見つかりました。バルセロナキアリ研究所では、体に負担の少ない手術について説明を受けました。その手術は終糸を切断するもので、脊柱側弯症とアーノルド・キアリI型症候群の二つの病気の進行を止められると言われました。 終糸切断手術直後から、良くなっているのがわかりました。頭と首、肩の痛みが消え、握力も増え、手足もうまく動かせるようになりました。手術を受けて本当によかったです。私の体験談を通して、脊柱側弯症で苦しんでいる患者さんのお役に立てればと心から思っています。バルセロナキアリ研究所にセカンドオピニオンだけでもいいので、相談してみてはどうでしょうか。 ロヨ先生、病気の症状を改善してくださって、本当にありがとうございました。 メールアドレス: [email protected]

ケリン・アレン(Kerrin Allen):キアリ奇形I型、脊髄空洞症、脊柱側弯症

  手術日:2008年12月 オーストラリア人 みなさんこんにちは。オーストラリアのシドニー出身のケリン・アレンと言います。 バルセロナキアリ研究所のロヨ先生と医療チームに巡り会えることができて、私は本当に幸せ者です。ウェブページにある患者さんの体験談はとても参考になったので、今回ここでこうして私の体験談をお話しできることを嬉しく思います。 キアリ奇形I型と脊髄空洞症と診断されたのは、2007年の8月に検査入院した時でした。私の症状は、激しい頭痛、右脚の痛みと脱力感、実際右脚は麻痺し、感覚障害も見られました。 脚の凝血のため手術は延期されたものの、2008年3月にオーストラリアのシドニーで大後頭孔減圧術を受けました。手術後症状はかなり改善し、頭の痛みは軽減し、脚の麻痺も改善され下肢装具をつければ歩けるようになりました。 しかし、少ししてまた症状が戻ってきました。右脚の筋力低下は悪化し、左脚にも影響が出てきました。下肢装具なしでは直立することができなくなり、頭や背中の痛み、膀胱にも問題が出てきました。両脚の痛みとしびれ、足の裏の焼けるような痛み、両手の妙な感覚もありました。シドニーの病院に再度検査入院することになりましたが、結局原因不明のまま退院しました。 ロヨ先生に私のMRI画像を見てもらった後、2008年12月にバルセロナで診察を受けました。ロヨ先生が私を助けられると聞いて大変驚きました。ロヨ先生はキアリ奇形と脊髄空洞症以外にも、脊柱側弯症と眼震、右手の脱力が見られることも指摘しました。 2008年12月に診察後、私は低侵襲治療の終糸切断手術を受けました。この手術は、キアリ奇形の原因を取り除き、症状がこれ以上悪化するのを防ぐものでした。手術の痛みはほとんどありませんでした。 手術後目を覚ますと、背骨と両脚の痛みやしびれがなくなっていました!手術後9時間経って、私は前よりもまっすぐ立つことができ、普通に歩くこともできました。頭痛も消え、視界もすっきりし、思考力も向上しました。 膀胱の問題も解決し、まるで別人になったようです。他の小さな症状に関しては、これから時間をかけて神経が回復していく中で良くなっていくと思います。幸いにも、神経が再生不可能な損傷を受けていなかったので本当によかったです。現在は筋肉を鍛えてコンディションを整えている状態なので、今後歩行も改善されていくと思います。手術の結果に大変満足しています。 ロヨ先生の研究と外科的治療は、私の人生を大きく変えました!先生をはじめ医療チームの方々のプロ意識、温かさ、人を助けたいという気持ちをひしひしと感じました。オーストラリアの医師にもロヨ先生の技術を受け入れてもらい、オーストラリアの患者さんをもっと助けられるようにしてほしいです。 ロヨ先生、そしてサマンタさんや医療チームの方々には、この先もずっと感謝の気持ちでいっぱいだと思います。また、私を支え手術を受けられるようにしてくれた家族にも、この場を借りて感謝の気持ちを伝えたいと思います。 何か質問があれば、遠慮なく連絡ください。メールアドレス: [email protected]

マリア-テレサ・サンツ-ベルモンテ(Maria Teresa Sanz Belmonte): アーノルド・キアリI型症候群

  手術日:2008年11月 スペイン人 こんにちは。私の名前はマリア-テレサ・サンツ-ベルモンテです。45歳で、アーノルド・キアリI型症候群を患っています。今から私の病歴をお話ししたいと思います。 2000年にひどい交通事故に遭い、胸椎(T2-T3-T4)を骨折しました。骨折は無事に治りましたが、それ以降、胸部だけではなく頸部の硬直もひどくなっていきました。また、度々頭痛と立ちくらみがして、めまいもひどかったので落ち着くまで入院することになりました。めまいの薬(Torecan、Serc)と背中の凝りを緩和する薬(Myolastan)を処方されましたが、結局原因はわからず再度外傷専門医に診てもらうように言われました。 それ以降、薬の服用、MRIやレントゲンなどの無数の検査(頸部、胸部、腰部、仙部)を受けるようになりました。検査の結果から椎間板症などは見つかっていましたが、私の症状がすべてそこから来るとは言いにくく、当時はとにかく薬を飲んで様子を見るという選択肢しかありませんでした。 2007年10月に激しいめまいに襲われ、4日間ベッドから起きられませんでした。7年間で症状が悪化したのは明らかなのに、医者にはストレスなどの精神的なものではないかと言われました。もちろんストレスがなかったわけではありませんが、それは一時的なものでした。症状が悪化していくのに医者には私の体に何が起こっているのか説明してはもらえませんでした。 2008年7月、私立病院のホルヘ先生という先生に診てもらい、頭部のMRIを受けさせてもらえないか頼みました。そしてその頭部MRIからアーノルド・キアリI型症候群が見つかりました。すぐに神経内科の先生に診てもらい、診断名が確定されたところで緊急に脳神経外科に回されました。 当時抱えていた症状は以下の通りです。 • 頭痛 • 疲労感 • 平衡感覚喪失 • 回転性めまい • 首の圧迫感 • 背中の痛み • 視界に点のようなものが見える • 不眠 • 常に頭がくらくらする • 耳鳴り • 両手の感覚消失と震え • 嚥下困難 • バビンスキー反射陽性(脳と脊髄をつなぐ神経の損傷が見られる場合に起こる) 公立病院の脳神経外科での診察予約をして、診察日が確定するまでの間、自分の病気とその治療法についてインターネットで調べることにしました(解説:スペインの公立病院での診療はすべて無料。しかし緊急を要さない場合の診療は、診察日が確定するまでかなり待つことがある)。その結果、治療法は外科治療しかなく、一つはいわゆる従来の手術で、もう一つは代替治療の2つの選択肢があることがわかりました。従来の手術は公立病院での大後頭孔減圧術(無料)、首の後ろから頭蓋骨を開き、頸椎を固定するというもの。骨の一部を削って脳に近づき、脳を正常な位置に戻すのだそうです。とても残酷な手術であるにもかかわらず、この手術をしたからといって病気が解決する保証はありません。減圧をしているだけで問題の解決にはならないのです。 一方の代替治療は、私立機関のバルセロナキアリ研究所で行われている終糸切断手術です。終糸は脊髄と仙骨部を結んでいる繊維で、ぴんと張った状態になっていてその緊張状態が異常だと、脊髄を下に引っ張り小脳もそれにつられ下がり、髄液の循環異常を起こします。研究所での手術は終糸を切断する簡単な手術で、仙骨部の終糸を切ります。終糸を切断することで、私の病気の原因が取り除けるというのです。最終的に、私の中で第2の選択肢だった終糸切断手術が第1の選択肢になりました。 バルセロナキアリ研究所に問い合わせをし、診察予約をしました。診察では最初にオスカル・カルドネ先生、次にロヨ先生に診てもらいました。私の話に耳を傾け、神経学的検査も丹念にしてくださり、私の抱える症状はすべてアーノルド・キアリI型症候群から来ていることを確定してもらいました。手術の説明と手術の効果について詳しく説明を受け、診察室から出た時にはすでに私は3週間後に手術を受けることを決めていました。そして2008年11月18日、シマ病院で終糸切断手術を受けました。 結果:手術当日の18時に両手にしびれを感じ、手術の翌日にはすべての感覚が戻っていました。 手術の3日後には両手の震えが止まり、首の圧迫感、頸部の拘縮もなくなりました。また、8日後には頭痛がなくなり、症状も安定していました。14ヶ月後にはめまいもなくなりました。 私のためにロヨ先生やバルセロナキアリ研究所チームのみなさんがしてくれたことへの感謝は、言葉では到底表すことができません。 私の体験談を通して、他の人に終糸切断手術の恩恵を知ってもらうきっかけを与えられたらと思っています。たとえ病気の損傷によって100%回復しないとしても、もうこれ以上病気が進行しないという保証があります。 (ここで興味深い話を一つ。終糸切断手術を受けてから2日後、自宅に「脳神経外科での診察日が2009年6月15日に決まりました」と書かれた手紙が公立病院から届きました。) 質問があればいつでも私のメールアドレス宛に連絡ください。 マリア・サンツ [email protected]

ロザリア・モッチアロ(Rosalia Mocciaro):キアリ奇形I型、特発性脊髄空洞症(頸髄)、特発性脊柱側弯症

  手術日:2008年1月 イタリア人 私の名前はロザリア・モッチアロです。59歳で、イタリアのシリチア島のパレルモで生まれ育ちました。私は生物学者で、教育に携わっています。55歳になるまで奇病といわれるアーノルド・キアリ奇形と脊髄空洞症を患っていることを知りませんでした。どうしてここまで何もせずに来たかというと、現在のような技術がなかったので、詳しい情報を得る術がありませんでした。とは言え、1990年以降、イタリアのシチリア在住の医師や専門家、神経外科医に診てもらっていましたが、誰もこの病気を見つけることはできず、その間に病気は容赦なく悪化していきました。 脊柱側弯症、手足の脱力感、(年齢を重ねるごとにひどくなる)頭や首の様々な痛みがあり、それは学業から来るものだとか、副鼻腔炎といった全く関係ないことを言われるだけで、診断を下すために必要な検査であるMRI検査については、一度たりとも医者から受けるようにとは言われませんでした。シチリア島、おそらくイタリア全土でもそうでしょうが、医師は正しい診断手順から始めず、むしろ逆のことをしていると思います。実際、正しい診断手順で進められていたら、私の病気もかなり前にわかり、早い段階で終糸切断手術に辿り着けたのではないかと思います…現実は、頸部の大後頭孔減圧術というリスクの高い手術を受けなければならず、その手術後の痛々しい生活に長い間耐えなければなりませんでした。 ここで、発症から現在に至るまでの病状についてお話ししたいと思います。20歳の頃に常に太ももや右脚に痛みがあったのを覚えていて、右半身の温覚異常で、火の近くにいるとよくやけどをしていました。この原因を突き止めようと必死に情報を探していましたが、どの医師にも見つけてもらえませんでした。その後数年間、左脚と左腕に力が入らなかったり、動きが制限され、脊柱側弯症、後弯症も悪化、痛みも年々ひどくなっていきました。何度もレントゲン検査を受け、それに多大な費用がかかったのは確かですが、常に回答は同じでした。 「脊柱側弯症を患っています。若い頃からきちんとケアしておけばよかったのですが…」 うわべだけで意味のない間違った診断名のせいで、何年もの間無駄な理学療法や運動をさせられ、パレルモでは信頼できる医師には出会えませんでした。また、私は寒さに弱いため冬が大嫌いでしたが、夏は一時的に症状が和らぐので、体調不良から解放されました。しかし、それから数年後、徐々に症状は悪化していきました。例えば、歩行障害が現れ、よく転倒するようになりました。実際、よく骨折して、具体的にいうと左脚の脱力感が原因でよくつまづいていました。48歳の時に激しい風邪を引き、それから首と後頭部の痛みが出て、それは頭部全体にまで広がっていきました。薬を飲んでも治らず、医者には副鼻腔炎、筋肉の緊張性頭痛だと言われました。痛みは続き、その結果2013年まで関節症と診断され続けました。その後、理学療法士のアドバイスに従って、私自身の意志で頸部と胸部のMRI検査を受けることにしました。その検査結果から、奇妙な病気、アーノルド・キアリ奇形と脊髄空洞症(第1頸髄-第7頸髄)を患っていることがわかりました。この病気が何なのかわからないため、私はどうしていいのかわからず、一度パレルモの神経内科医にMRIを持っていきましたが、先生もどうしていいのかわからなかったのか、 私の病状は深刻だったようで、すぐにでも脳神経外科で診てもらったほうがいいと言いました。その後パレルモの神経内科医に、イタリア国内で有名なミラノの病院を紹介され、そこを受診しました。 2004年9月にミラノの病院に行き、私の病状は深刻だけれど大後頭孔減圧術を受けたら健康問題は解決し、時間と共に生活の質も改善されるだろうと言われました。2004年11月30日、大後頭孔減圧術を受けました。その後、およそ6ヶ月間の辛くひどい術後が待っていました。術前にあった症状の中で、術後歩行が不安定になり、後頭部の痛み、首の痛みも悪化、さらには嚥下障害(液体)も現れました。大後頭孔減圧術を受けてから体調が良くなることはありませんでした。 術後は毎年MRI検査を受けましたが、術後3年経ってもよくなるどころか、脊髄空洞症の第6頸髄-第7頸髄の空洞は大きくなっていました。心配になって、インターネットで自分のこの奇妙で複雑な病気について調べました。そして、スペインのバルセロナにロヨ先生という脳神経外科医が終糸切断手術という外科治療を行っていて、ロヨ先生の理論によると、その手術で病気の進行が止められるというのです。詳しく調べていくと、ロヨ先生はコラチャンクリニックという権威のある医療機関に勤めていて、イタリア人でこの奇病を患っている人たちには有名な医師であることがわかりました。また、イタリアのトリノにアーノルド・キアリ奇形患者の友の会があると知り、そこで終糸切断手術の効果について書かれた患者の体験談がありました。私は早速スペインで終糸切断手術を受けたイタリア人患者にコンタクトを取り、術後の症状の改善だけではなく、患者の中には術後直後に病気の症状が一切なくなった人もいることがわかりました。それを聞いて、私はますますスペインで手術を受けたいと思うようになりました。 2007年11月にバルセロナキアリ研究所に問い合わせをし、2007年11月28日に診察予約をしました。そこでロヨ先生に、私が終糸切断手術を受けられると言われました。また、大後頭孔減圧術は時代遅れの手術で、体に負担のかかる危険な治療法だと言われ、これまで大後頭孔減圧術に関して見聞きした情報が確証されたとともに、この病気がもたらす生活の質の悪化や死亡率を安易に考えてはならないと思いました。手術は高額で、私は(おそらくほとんどの患者さんも)そんな額のお金を持ってはいませんでしたが、それでも手術を受けることにしました。親族の協力もあって、なんとか必要な資金は集まりました。 手術費用の払い戻しを受けるためには、パレルモの公立病院の脳神経外科医の証明書が必要だと知り、3人の先生にお願いしましたが、「ロヨ先生の手術はイタリアではあまり知られてないから、証明書を得るのは難しい」と言われ、拒否されました。パレルモの脳神経外科から証明書の発行を拒否されたものの、私はロヨ先生の行っている手術を受けにバルセロナへ行きました。パレルモの脳神経外科医に何度も手術の証明書の発行をお願いしましたが、先生には、イタリアでもこの手術は受けられると言われるだけでした。それはもちろん嘘で、仮に行われていたとしても、ロヨ先生のような30年以上の研究とその分野でのキャリアと同等の実績を出せるとは思いません。高リスクの大後頭孔減圧術ではなく、ロヨ先生の行う終糸切断手術に身を委ねることにしました。 そして2008年1月31日に手術を受け、術後、症状の起伏はありますが全体的に良好です。もちろん、手術によって回復することが一番ですが、少なくとも新しく撮るMRI検査で病気の進行が止まったということを確認するのを、楽しみにしています。 メールアドレス: [email protected]

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