中年Zの娘さん:キアリ奇形I型、脊髄空洞症、脊柱側弯症、椎間板症

終糸システム®適用の終糸切断手術から9年後 体験談寄稿日:2025年5月 手術日:2016年3月 日本人 終糸切断手術後の頸髄および胸髄の脊髄空洞症の経過を示したMRI画像 こんにちは。 9年ほど前に終糸切断術を受けた本人で、現在23歳の社会人です。終糸切断手術前後の症状の経過について、書かせていただきます。 私の場合、手術前は時々ある片足の痺れと、平衡感覚の低下(自転車に乗れない)、目眩、右半身の感覚の鈍さ(当時は左側の方が汗をかきやすかったです)、重いものを持ったり力んだりすると少し首が痛い、という症状がありました。正直9年経っているので忘れている症状や程度の大きさなどはあると思います。平衡感覚の低下に関わっている症状か定かではありませんが、毎日のように嘔吐をしていた時期もありました。術前からこのような症状はあったものの、吐き気と眩暈による気持ち悪さ以外は日常生活に大きな困難はあまり感じておらず、運動の趣味などもなかったため、運動制限も苦には感じていない状況でした。あと側湾症もあったので左側に姿勢が傾いていました。 術後これらの症状が急激に変わるということはありませんでしたが、嘔吐は完全に無くなりました。手術直後も痛みなどなく、ケロッとしていてスペインを楽しく観光したことを覚えています。 のちの経過について書きます。運動の制限はあったので、体育の授業は卓球以外は確か見学していたと思います。ゆるく体を動かせることなどは自己判断で行なっていました。術後1、2年くらいの時に急がないといけない場面で全力ダッシュしたら目眩がしたこともありました。それからなるべくダッシュはしないようにはしていますが、現在何をしていてもめまいの症状はなく、電車に乗り遅れそうな時など普通に小走りしてます。自転車には乗っていませんが、自動車免許を取る時に原付の講習があって、フラフラしてバランスが取れず乗れなかったので自転車も乗れないと思います。上記の場面や目を閉じて片足で立ってみるとすぐにふらつくので、平衡感覚があまりないことを今も実感しますが、生活の中で実感することはほとんどないです。 痺れに関しては時々今もありますが、長年付き合ってると慣れてしまって、また痺れてるな〜くらいで困ることは現在ないです。感覚の鈍さは左右の差は変わらず多少ありますが、それも慣れてしまってなんとも思わない感じです。パソコンも打てるし、運転も普通にできて、困っていることは特にないです。左側の方が汗をかきやすかったことについて、手術後数年くらいは家族から見てもその症状が分かったようですが、今周りからそれを言われることはなく、汗のかき具合に偏りがある自覚もないので、その症状は無くなったように感じています。首については、すごく力むと少し首の筋が張るような感覚は今もありますが、当時ほど痛みはないと思います。 側湾症も術後に急激に改善はしてないですが、母に姿勢が傾いてる時に教えてもらい、意識できる時は姿勢に気をつけるようにしていて、母曰く、最近はあまり傾いていないそうです。 思い出せる症状と現在の経過はこのような感じです。長々書かせていただきましたが、総括すると術後少しずつ症状が弱まったり、症状に慣れたりしたという感じです。個人差があると思うので、私の場合は、ということになりますが、手術を受けて良かったなと思いますし、スペインまで連れていってくれた両親に感謝しています。 ———————————————————————- 終糸切断手術前:2016 年4月19日 終糸切断手術後:2016年12月7日 同じ病気で、キアリ研究所のホームページまでたどり着いた方に是非、海外の医療機関も選択肢の一つとして考えていただきたいとの思いで、この体験談を投稿します。キアリ研究所の皆様には、感謝の言葉しかありません。 娘が11歳頃、身長が急に伸び始めてから姿勢が悪くなり、全体的に左に傾くようになりました。そして、毎日のように姿勢を伸ばしなさいと注意していました。その頃はレントゲンを撮ることも、MRIを撮ることも考えていませんでした。ただ単に姿勢が悪いだけだと思っていたのです。最初の症状が出たのは13歳2月、ある日突然の左足のしびれでした。その後左手のしびれ、めまい、頭痛、嘔吐が続き、地元の総合病院でMRIを撮るとすぐに、病名がわかりました。 画像診断報告書には画像と初めて聞く病名が載っていました。「キアリ1型奇形」と「脊髄空洞症」です。初めて聞く病名でピンとこなかったのですが、説明してくれた医師が難しい顔をしていたのを覚えています。説明を受けると、治療方法は手術しかなく、しかも頭!今まで大病はなく、健康そのものと思っていたのでとても怖くなりました。娘もまさか手術が必要になるとは思いもしなかったと思います。 家に戻るとすぐこれらの病名を検索しました。書かれてあるのは悪いことばかり。ゾッとしました。そんな中で、バルセロナキアリ研究所の内容は、全く違うもので希望の光がさすようでした!しかしこの終糸切断手術は日本では行われていないと知り、愕然としました。早速研究所の日本人スタッフ高橋さんに連絡を取らせていただきました。 娘の症状は良くならず、学校に連絡をしてしばらく休むことにしました。 そこで私たちは、①日本で手術が豊富な病院で大孔減圧術か②バルセロナキアリ研究所へ行くか迷いに迷いました。結果は①でした。娘がバルセロナに行ける体力と気力がないと思ったからです。キアリ研究所の日本人スタッフ高橋さんには、今回は残念ですが、スペイン行きを断念する連絡をしました。症状がもう少し軽ければ、バルセロナに行く選択をしていたかもしれません。 地元の総合病院から転々として、4月に東京の病院で大孔減圧術の予約が取れ、無事受けることができました。術後の経過は良好で、嬉しいことに、辛かった症状は全て無くなりました。大成功!と家族皆で喜びました。 (体の側弯については、大孔減圧術後に地元で側弯症専門がある総合病院で診察を受けるようになりました。傾斜は25度でした。装具を作り、夜のみ着けるようにしています。) その後も症状は出ず、3ヶ月後の8月に東京見物がてら軽い気持ちで診察を受けに、東京の病院へ行きました。そこで撮ったMRIを見て医師から言われたことは、小脳扁桃が少し下がってきていて空洞の減少があまり見られないので、1年以内にシャント手術が必要になるだろうと。青天の霹靂です。娘はこんなに元気なのに。もちろん先生のことは信頼していましたが、シャント手術にはかなり抵抗がありました。 私たち夫婦は、また迷いに迷いました。そしてバルセロナ行きを決めました。最終的に、今の娘には長い時間飛行機に乗る体力があるということ、そしてなによりキアリ研究所の日本人スタッフ高橋さんの誠意のこもったメールでのやり取りを通じて、研究所を信用し信頼することができたのです! {病気の原因を取り除くために終糸切断手術をする}という研究所の説明に納得し、娘と話しあいました。 「娘のこれからの長い人生、病気の原因を止めることが一番大事なことではないか。それが外国であろうと、専門の研究所があるのだから。」「なにより手術内容が、体にかかる負担がシャント手術よりはるかに少ない。」 バルセロナに行く決意を固めました。 年が明けて2016年3月、娘と私たち夫婦は長い時間飛行機に乗り、ホテルに一泊してから歩いてキアリ研究所へ。グーグルマップのストリートビューで何度か街並みを見ていたので、実際にたどり着いたときに現実味を帯びて、期待が高まりました。担当してくださるマルコ・フィアヨス先生のお話を高橋さんの通訳で聞き、診察を受け、近くのシマ病院で、簡単な検査を終えました。何の心配もありませんでした。お二人とも、私たちに優しく暖かく接してくださったので、穏やかな気持ちで次の日の手術を迎えることができました。きっと娘も同じ気持ちだったと思います。 無事に実質1時間弱の終糸切断手術を受けました。私は娘とともに一泊入院をしたのですが、病室があまりにきれいなので驚きました。ホテルみたいでした!退院をしたらなるべく歩くと良いと先生に言われていたので、次の診察までの10日間、散歩をなるべくしました。来る前は、最後に一日観光ができればいいと思っていたのですが、観光がメインだったかと思うほど楽しく過ごすことができました。 バルセロナキアリ研究所の皆様、お世話になり本当にありがとうございました。心から敬意を表するとともに、感謝いたします。
クリスティーナ・エヴァンス(Christina Evans): キアリ奇形、脊髄空洞症、脊柱側弯症、尾骨の前方脱臼

手術日:2024年9月19日 体験談寄稿日:2025年5月19日 私の名前はクリスティーナで、現在43歳です。カナダのブリティッシュコロンビア州に住んでいて、2児の母です。7年間、原因不明の生活に支障をきたす症状に悩まされていましたが、30歳の時に頸髄の脊髄空洞症と診断されました。それ以前は線維筋痛症と誤診され、すべての症状は軽度の胸椎側弯症と頸椎と腰椎の椎間板ヘルニアによるものだと言われていました。病状が悪化しても、医師からは側弯症とヘルニアによるものだと強調されましたが、根本的な解決策や手術の選択肢は提示しませんでした。先生には「この病気と共存しながら、自分の道を選ぶしかない」と言われました。 その後の12年間は、私の人生で最も辛い時期でした。病状は徐々に悪化し、痛み、筋力低下、機能障害が悪化していきました。特に最後の3年間は、本当に辛かったです。常に激しい痛みに襲われ、一歩を踏み出すたびに体が衰弱し、痛みを感じない生活はありませんでした。助けを求めましたが、担当の神経内科医を含め、何十人もの先生に断られました。何度も無視され、次から次へと医師を紹介され、完全に見捨てられたように感じました。誰も私の話に耳を傾けてくれず、助けてくれることもありませんでした。私はすべての希望を失いました。 絶望した私は、Facebookの脊髄空洞症支援グループに入り、アドバイスを求めました。そこで、スペインのバルセロナキアリ研究所で手術を受けた経験を語る女性を見つけました。その人は終糸システム適用で終糸切断手術を受け、驚くほど順調に回復していました。私はすぐにバルセロナキアリ研究所に連絡を取り、必要な検査画像を送りました。するとすぐに手術が受けられるとの返事が返ってきました。 募金活動を支援してくださった方々のおかげで、私はスペインへ渡り2024年9月19日にサルカ先生による終糸切断手術を受けました。バルセロナキアリ研究所に到着した瞬間から、研究所チームの皆さんが思いやりと敬意を持って接してくれ、人生で最高の医療サービスを受けることができました。10年以上も医師から見放されてきた私ですが、ついに一人の人間として認められ、理解され、耳を傾けてもらえたと感じ深く感動しました。私の母国では見過ごされていたアーノルドキアリ奇形I型であることもわかりました 研究所の英語担当チームの方々は、術前術後を通して、非常に親身になってサポートしてくれました。シマ病院のスタッフも親切な対応で、思いやりがありました。バルセロナ研究所とシマ病院での経験は、まさに人生を変えるような出来事となりました。 これを書いている現在、手術から8ヶ月が経ち、信じられないほど体調がいいです。実際、手術後すぐに体調はよくなりました。脊髄空洞症やキアリ奇形の症状はもうありません。やっと自分の体から解放されたように感じます。ただ生き延びるという生活から解放され、今は充実した生活を送っています。 温かく私を迎えてくれたバルセロナキアリ研究所チーム、私をここまで導いてくれた全ての人に感謝してもしきれません。病気を治療してもらっただけではなく、命を救ってもらったのです。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 20年近く悩まされてきた症状(今となっては過去のものです) 頭部 耳鳴り(両耳)があったり、片方の耳が聞こえなくなったり、ショッピングモール、食事中、レストラン、仕事の会議、混雑した待合室など、人混みの中にいる時に声がこもって聞こえることがありました。 緊張型頭痛が頻繁に起こり、首の後ろから後頭部、頭頂部、そして目の奥へと痛みは広がりました。 口内のひどい痛みと知覚過敏があり、痛みは口内が原因ではなく、歯科医でも原因がわかりませんでした。 首 月に一回、首の痙攣で筋肉が緊張し硬直していました。脊椎全体に痙攣があり、それは7~10日ほど続きました。その後、さらに数日は敏感な状態が続きました。 首から肩甲骨にかけて、引っ張られて今にも切れそうな輪ゴムで巻かれている感覚がありました。 時々、首が支えきれずに頭が落ちてしまいそうな感覚がありました。 肩/肩甲骨 肩甲骨の間の中央に激しい痛みがあり、押すと痛みは悪化しました。焼けつくような痛みで、腕を動かせば動かすほど痛みは悪化し、ひどい時は深呼吸でさえも痛くなりました。また、歩行時には腰部から肩甲骨まで痛みは広がりました。 歩行中に腕を動かすと、背中の上部が痛くなりました。 服を畳んだり、食器を洗ったり、鏡を拭くなど、腕を繰り返し動かす動作は肩甲骨に強い痛みを引き起こしました。また、同じ動作の繰り返しにより肩甲骨が痙攣することもありました。 両腕と両手 両腕の神経痛が指まで広がり、通常は首の付け根から始まり、親指と人差し指、そして中指まで痛みは広がりました。 指が痙攣することがありました。 肘と手首の関節にひどい痛みがあり、歩く時に少し動かしたり、自然に揺れたりするだけでも痛みを感じたので、両手をポケットに入れて動かさないようにしていました。2010年からは日常生活が送れるように添え木を使って固定していました。 指先で冷たさや熱さが感じにくかったです。 気づかないうちに切り傷を作ってしまい、血を出ているのを見て初めて気づくことがほとんどでした。 1日のうち何度も手や指が痺れていて、それは買い物カートを押したり、肘より上に手を置いてテーブルで作業する時や、高いテーブルでパソコンを使ったり、食事、歯磨きなどで起こりました。ヨガのクラスで手を心臓より高く上げると痺れを感じていたので、痺れを取るために腕を下げてぶらぶらと振る必要がありました。痺れは痛みを伴うこともありました。 腕を上げると血液が急激に流れ込み、鋭い痛みを感じました。 左側を下にして寝ると右腕が痺れ、その逆も同様でした。 重さを感じると頭痛がするため、また、腕の力が入らないために長い髪をまとめることができなかったので、診断される前から髪を短くしていました。 肋骨 肋間筋の痙攣 肋骨に触れると痛みがあったので、ブラジャーやタイトなシャツを着ることができませんでした。 痙攣がある時に深呼吸をするとさらに痛みました。 ほぼ毎日、肋骨をバットで殴られたような痛みがありました。 股関節 ズキズキする痛みや焼けるような痛み、放散痛が毎日ありました。前日にゆっくり休めなかった場合は、起床後に痛みを感じました。 右股関節の痛みがより激しく、慢性化していました。かがんだり、歩いたり、車のハンドルを回したりするだけでも痛みました。 腰部 触ると痛くて、針で刺されたよう痛み、ズキズキする痛み、そしてピクピクする痛みもありました。 2週間に1回は痙攣し、その日は胸椎と頸椎まで痛みは広がりました。 腰椎の不安定性。緩んだ感じがあり、動いたり向きを変えたりすると骨がポキポキと鳴っていました。年々悪化し、特にヨガのクラスで顕著に現れました。 歩行や日常生活動作をすると、腰と肋骨の下の筋肉が緊張し、午後には耐えられないほどの痛みになりました。 洗面台に寄りかかって歯を磨くと痛みが出ました(腕をうまく上げられないため、洗面台に寄りかかって体を支えながら磨かなければなりませんでした)。 右脚 右太ももの痙攣と針で刺されたような痛みがありました。 10年以上の右坐骨神経痛があり、脚の切断を希望しましたが、神経内科医には幻肢痛が残ると言われました。3、4年の間隔をあけて2回ほど切断をお願いしたほど、痛みは耐えられないものでした。 腱鞘炎のような痛みがあり、夏は水泳や足の繰り返しの動きで痛みが悪化しました。冬も寒さが厳しい時期には痛みました。 足の親指または親指と人差し指、中指の痺れがありました。 歩行中や運転中に両足の痺れがあり、ゆったりした靴を履く必要がありました。それでも1日に数回は痺れていました。 明確な原因がわからない膝の痛みがあり、それは前兆なく起こっていました。 […]
マリーザ・トスカーノ(Marisa Toscano):キアリ奇形、脊柱側弯症、椎間板症

マリーザ・トスカーノ(Marisa Toscano)さんの現在の様子 終糸システム®適用の終糸切断手術から16年後 手術日:2009年6月 イタリア人 終糸切断手術から16年後の2025年2月3日、私は術後検診のためバルセロナを訪れました(最後の検診は5年前でした)。 ロヨ先生にバルセロナキアリ研究所の新施設を案内していただき、デジタル革命の時代に即した科学研究を実施できる最先端のツールを備えた施設でした。 ロヨ先生は、長年同じ目的と価値観を共有してきた仲間のような関係として私達を温かく迎えてくれました。ロヨ先生は、先生の医療チームとともに病気に対する低侵襲治療を開発し、人道的、倫理的、科学的価値を尊重しながら、研究、教育、社会的支援を行い、私は友の会の会長として、自分と同じ病気を持つ患者さんを助け、私達患者の存在意義を見出そうとボランティア活動をしてきました。他の人の人生に価値を与えることができれば、人生には目的が生まれます。 現在73歳になった私は、手術以降、健康に歳を重ねていると思います。当時、変性疾患、ひどい場合にはうつ病と診断した多くの医師のアドバイスに、私は耳を傾けませんでした。自分が精神疾患ではないことを確信していたので、定期的に処方されていた向精神薬の服用も拒否しました。 2006年に自分の病気がわかった時、外傷専門医にMRI検査を受けるように勧められ、その結果、脳神経外科を受診しなければならず、そこで大後頭孔減圧術を勧められました。手術を受けることに対して不安になったので、イタリア中の病院を受診しましたが、診断結果は変わらず、解決策も大後頭孔減圧術のみでした。 頭蓋骨を開くことは絶対に避けたいと思っており、インターネットのおかげでバルセロナキアリ研究所のホームページを見つけることができました。研究所のおかげで、私は体に負担の少ない治療法で病気を克服し、バルセロナで心と体の健康を見つけることができました。それまで多くの涙を流し、人生のどん底に落ち、孤独がどういうものかを実際に経験し、多くのもの特に人生の重要な部分を失い、記憶さえほとんど眠っている状態でした。 2年前に、私は長年にわたりアイザックシスコ国際アーノルド・キアリ奇形、脊髄空洞症、脊柱側弯症の友の会の会長を務めていましたが、若い人たちに会長の座を譲り、また執筆という私の大好きなことに専念するため、会長職を退きました。そのおかげで2冊目の詩集を出版することができました。 ご存じのとおり、健康であれば年齢は関係ありません。年齢的にはまだ若い頃、私は自分が歳をとってしまったと感じていましたが、終糸切断手術後、当時58歳でしたが、年齢の重みを感じなくなりました。終糸切断手術によって私の長年の健康問題が解決しました。 ロヨ先生、ありがとうございました。 2025年2月19日 ミストレッタ(イタリア) マリーザ・トスカーノ(Marisa Toscano) 連絡先: [email protected] 2015年の動画体験談 2009年の体験談 私は自分の症状が何の病気から来ているのかわかるまで何年も待ちました。抱えていた症状は毎回頻度を増し、時には複数の病気から来るものなのではないかと思えたりしました。本当の病気がわかるまで、何人の医師に診てもらったかわかりません。診てもらった先生には、「ほら、何も異常は見られないでしょう?気管にも異常は見られませんから、気持ちを強く持って、頑張ってください」と私の健康問題は自律神経の異常から来ていると言われました。親身になって話を聞いてくれる先生は一人もいなかったので、何度も私の存在を無視されたような気持ちになりました。 医師や治療法を求めてイタリア中を探しました。私は冷静さを失って、うまく感情をコントロールできない人間になり、何回も家族に不安や心配をかけてしまいました。幸い家族、特に主人と母は辛抱強く私を支えてくれました。 車の衝突事故で首の症状が悪化した時にMRIを行い、その結果キアリI型症候群と診断され、人生にまとわりついていた健康問題の原因がやっとわかりました。 それから医師への“巡礼”が始まりました。県内の神経内科の先生に診てもらった結果、右手の症状はキアリI型症候群というよりは、手根管症候群が原因で現れていると言われたり、フィレンツェの先生には、以前ローマにある先生の研究所に訪れたことがありますが、その先生は脳神経外科の分野では権威のある方で、能力に過剰の自信があったのか、身体検査を行わずに、MRI画像を見るや否や、「トスカーノさん、キアリです。立っていられなくなって、ベッドで寝たきりの状態になったら手術しますので、再度診察に来てください」と言われました。MRIが返却され、受付へ行くように指示されました。心配になったので、もう一人の脳神経外科の先生(3人目)に診てもらおうと、脳神経外科で有名なミラノの医療機関まで足を運びました。当時、インターネットで自分の病気について調べ始めていて、スペインのバルセロナで体に負担の少ない手術を行っていると知り、その手術で病気の進行を止めることができると知りました。 ミラノでは、丁寧に診てもらった後、キアリI型症候群を患っているけれど、手術するにはまだ早いと言われました。待たなければならないのかと疑問に思い、先生にロヨ先生が体に負担の少ない終糸切断手術を行っていることを知っているかと聞いたところ、「知っているが、トスカーノさんの病状には全く意味のない手術で、ロヨ医師は金銭目的で手術を行っているだけだ」と言われました。その時私は目の前で一つの希望が消えていくのを見ました。 うちに帰って、シチリアにあるミストレッタという町にいるかかりつけの先生のもとを訪ねました。どの医師も苦しみから解放してくるどころか和らげてもくれない、このように波乱に満ちた人生を歩まなければならなくなったことに絶望を覚え、すべてを先生に打ち明けました。 ロヨ先生の手術に関して医師の視点から見てほしいと頼みましたが、その先生も終糸切断手術に関して否定的な立場を取っていました。先生には、アメリカの脳神経外科の分野で権威のある先生の大学の知り合いにMRI検査を送るように言われましたが、待っていたのは更なる絶望でした。その先生の答えは、「終糸切断手術についてはよくわからない」でした。キアリI型は明らかにその先生の専門外でした。 乗り越えられない障害が私達家族を待ち構えていて、どうしたらいいのかわかりませんでした。将来を考えると、こんな体調ではもう普通の生活を送れる可能性は残っていないと思いました。インターネットだけが、この苦しい現状から解決策を見いだすために残された最後の可能性でした。 偶然にもインターネットで私と同じ病気で苦しんでいる患者さんで、ロヨ先生の手術を受けた人達の掲示板を見つけました。その中で、シチリアに住んでいたロザリアさんに連絡を取りました。 連絡を取ったすべての患者さんがロヨ先生や研究所チームの病気に関する知識やモラルの高さについて述べていて、手術の効果についても大変ためになる情報をもらいました。私の存在価値や生きる意味が戻ってくる可能性を感じました。あとは、終糸切断手術は間違いないんだと家族を説得すればいいだけでした。 主人とともに冒険へと出発しました。私はこの外科手術は間違いないと確信していたので、とても晴れた気持ちでバルセロナへ向かいました。 現在、手術から3ヶ月が経ちましたが、自由と健康が約束された普通の生活に戻れること以外に嬉しいことはないと断言できます。 ここで医療関係者に声を大にして言いたいことは、“ロヨ先生の技術を学び、この病気の治療法が大後頭孔減圧術だけだと信じたり、信じさせたりしないでください。真実ではありません。ロヨ先生の技術を使えば、みなさんが私達患者を気にしているということを証明できます。間違いを続けてはなりません。少なくとも今の医学研究に何が起こっているのか、他国の研究にも注意を払うべきです。それが奇病と呼ばれる病気の治療への一歩です。” キアリI型で苦しんでいる親愛なるイタリアのみなさん、私達の正義のためにともに闘おうではありませんか。 イタリアでは国と地方の対立から、各地方で異なる医療費や補助金のシステムを採用しています。そのため、私達イタリア人患者は、同じイタリア人であるにもかかわらず、補助金や払い戻しが受けられたり受けられなかったり、大変不平等かつ差別的扱いを受けています。 いつでも連絡を待っています。 住所:Via Media n. 2 98073 Mistretta (ME) 電話番号: (+39) 0921-381091 携帯電話番号:3207073770 メールアドレス: [email protected]
クリスティーナ・ルオッコ(Cristina Ruocco): キアリ奇形I型、頸椎後弯症、終糸病、神経頭蓋脊柱症候群

手術日: 2021年10月19日 体験談寄稿日: 2025年2月19日 イタリア人 こんにちは。 私の名前はクリスティーナで、現在48歳です。私は子供の頃からずっと頭痛と羞明に悩まされてきました。20歳の時に目眩と視覚障害のため、初めて神経内科を受診しました。視覚障害によって常に視覚が歪み、日常生活に支障をきたしていました。その時から、この症状の原因を理解してくれる病院や先生を探す旅が始まりました。 診てもらった先生には、頭部のMRI検査からは何も見つからなかったので、おそらく不安障害からくるものだと言われました。数年のうちに健康状態は悪化し、脚の痛みや腕の筋力低下などの症状も現れ、ほぼ毎日鎮痛剤を服用しなければならなくなりました。 同じ時期に他のMRI検査も受けましたが、結果は全て異常なしでした。44歳の時に認知機能障害も現れたため、脳のMRI検査の再撮影をしました。話している時に言葉が出てこないことが多く、他の人が言っていることが理解できない時もありました。今、何年なのかさえわからなくなり、脳に腫瘍ができたのではないかと思いました。 最後に撮ったMRI検査で、(20年以上経ってから)やっとアーノルド・キアリ奇形を患っていることがわかりました。イタリアで診てもらったイタリア人脳神経外科医からは何の助けも得られず、それどころか侮辱されました。 現在、終糸切断手術から4年が経ち、生まれ変わったようです。 やっと読書やスポーツ、会話もうまくできるようになり、あらゆることに集中できるようになりました。鎮痛剤を飲む必要もほとんどなくなり、時々頭痛があった時に服用しますが、頭痛の痛みは術前よりずっと軽くなりました。 バルセロナキアリ研究所の医療チームとスタッフの皆さんに心から感謝しています。みなさんのおかげで、ようやく私は尊厳を持って生きられるようになったのです。 本当にお世話になりました。 連絡先: (+39) 3487456302
ジェリ・ジョルジ(Geri Giorgi):アーノルド・キアリI型症候群、終糸病、神経頭蓋脊柱症候群

手術日: 2021年4月8日 体験談寄稿日: 2024年11月19日 イタリア人 私たちの名前は、マッダレーナ・ガナ(Maddalena Gana)とジョルダーノ・ジョルジ(Giordano Giorgi)です。息子は6歳の時に、アーノルド・キアリI型症候群と診断されたため、バルセロナキアリ研究所で終糸切断手術を受けました。首の損傷後に息子が患った症状(以前からあった症状も含め)は、この3年間で完全に治りました。 当初、息子が訴えていた頭部と手足の神経痛や首の後ろの灼熱感に関して、イタリアの先生には真剣に考慮すべき症状として認識されてはいませんでしたが、MRI検査を受けた後で最終的にキアリ奇形と診断され、症状はこの病気によるものだとわかりました。 その後、ローマで有名な病院の脳神経外科医を紹介され、息子の病気の解決策として大後頭孔減圧術を提案されました。大後頭孔にスペースを作って圧迫を取り除き、症状を解消できるとのことでしたが、非常にリスクが高いため断りました。 私たち夫婦は、インターネットを通じてバルセロナキアリ研究所のことを知りました。研究所のことを知っていたリハビリテーション専門医と長年息子を診てきた小児科医の理解とサポートのおかげで、研究所に連絡を取ってみることにし、研究所に診療文書を送り、手術のための渡航の手配をしました。 小児科医のサポートのおかげで、私たちは国民健康保険から手術費用の大部分の払い戻しを受けることができました。それはイタリアでは行われていない手術で、息子の病気の治療に不可欠だからです。 バルセロナでの手術後、すぐに一部の症状は改善しました。手足に力が入るようになり、手足の神経痛が消え、吐き気もなくなりました。 手術から6ヶ月後の2022年に新型コロナウイルスに感染した後、関節痛や筋肉痛の症状が再発し、おそらく新型コロナウイルス後遺症(Long COVID)から来るものなのかもしれませんが、キアリ奇形にも関連している可能性があると思いました。 その後6ヶ月が経ち、徐々に症状はなくなっていき、まだ残っていた首の後ろと目の奥の灼熱感の症状もなくなりました。 手術から3年後、術後に撮影したMRI画像から小脳扁桃下垂の明らかな改善、頸椎と腰椎の弯曲も改善しており、脊椎の生理的弯曲が戻りつつあることがわかりました。 私たちは、バルセロナのキアリ研究所とキアリ奇形などを患う多くの患者の生活を改善するための貴重な研究に心から感謝しています。研究所チームの手術前後の対応、術後のサポートなど素晴らしいものでした。 連絡先: [email protected]
デボラ・ウィルソン (Deborah Wilson):アーノルド・キアリI型症候群、大後頭孔減圧術

手術日:2023年7月4日 カナダ人 私は数年前に、アーノルド・キアリI型症候群と診断されました。これを読んでいる皆さんと同じように、症状、特に毎日起こる頭痛を軽減するため、あらゆることをやってみましたが、どれも効果を得られなかったため、医者からは大後頭孔減圧術を受けるように提案されました。私はそれが最後に残された唯一の選択肢だと思い、また、手術を受ければ症状が改善されると信じて手術を受けましたが、それは間違いでした。 減圧術の効果は全くなく、小脳扁桃の下垂がなくなったにもかかわらず、依然として術前と同じ痛みがありました。減圧術から4ヶ月後、バルセロナキアリ研究所に関する投稿を見つけました。気になったので研究所のウェブサイトに載っているものを全部読むと、すべてが理にかなっているようと思いました。しかし、減圧術を受けたばかりだったということもあり、バルセロナキアリ研究所での治療についてはもう少し経ってから考えることにしました。減圧術から1年が経ち、症状が悪化し、頭痛により仕事や生活するのが困難になりました。 頭の中に「話ができすぎている」「そんなに効果があるなら、なぜ他の国でも終糸切断手術が行われないのか?」といった疑問が浮かび、誰にもその治療の効果について説明してもらえなかったので、半信半疑でした。そこで、もう少しインターネットで調べてみると、バルセロナで終糸切断手術を受けた人を見つけ、手術についての意見を聞くため、連絡してみることにしました。コンタクトを取った人みんなが術後に大きな改善が見られ、手術を受けて満足していることがわかり、その言葉がとても励みになりました。終糸切断手術が見せかけの治療ではなく、本当に存在している治療法であることを確信しました。 2023年7月4日、私はバルセロナで終糸切断手術を受けました。手術時間は局所麻酔で約1時間、抜糸の必要もなく、一泊二日の入院です。大後頭孔減圧術に比べると、術後の回復は非常に早く、手術が終わって病室に戻ると、すぐに首や肩の「張った」感覚がなくなっていることに気づきました。ひどい頭痛はまだありましたが、手術の効果があったことは確かでした。先生には、完全に回復するには数ヶ月かかると言われました。手術から48時間後、頭痛が治まり、2年半ぶりに頭痛のない生活が戻ってきました。まだ頭に圧迫感はありましたが、痛みはなくなりました。その後6週間が経ち、腕と脚にあったしびれや、めまいもなくなり、全ての症状がなくなったか、あるいは明らかに痛みの度合いが軽減されました。この期間、頭痛はあったりなかったりと不安定で、痛みの継続時間も様々でしたが、痛みはずいぶん軽くなりました。 現在手術から10週間が経ち、ここ数年間でいちばん体調がいいと感じています。仕事にもゆっくり復帰し、毎週のように体調がよくなっています。今でも時々頭痛がしますが、軽度で長時間続くことはありません。もう少し時間が経てば、頭痛が完全になくなる可能性が高いと思います。バルセロナで手術を受けられたことにとても感謝しています。バルセロナキアリ研究所のスタッフと医療チームに関してはいいことしか言えません。私が研究所に着いてから国に帰るまで、私のことをサポートしてくれました。バルセロナキアリ研究所の治療に興味のある方はぜひ連絡を取ってみてください。バルセロナキアリ研究所で働くスタッフは、本当に素晴らしい方々です。 デボラ・ウィルソン
メリッサ・デン(Melissa Den):キアリ奇形、椎間板症

手術日:2012年9月 オーストラリア人 終糸切断手術から11年後の様子 2023年5月31日 こんにちは。私の名前はメリッサ・デンです。オーストラリアに住んでいます。2012年9月に脊髄牽引症候群と小脳扁桃下垂(アーノルド・キアリ奇形I型)と診断され、2012年9月4日にバルセロナキアリ研究所のロヨ・サルバドール先生に終糸切断手術をしてもらいました。 私の現在の健康状態をお伝えするために、今この体験談を書いています。手術直後に書いた体験談を読み返してみましたが、今でも私からのメッセージは変わりません。終糸切断手術を受けてから、健康状態は全体的に良くなり続けていて、終糸切断手術の副作用などは全くなく、メリットしかありません。 ロヨ・サルバドール先生の書いた『終糸システム入門』の本を読み、終糸病のことや、終糸病が脳、脊柱、神経系にどのような影響を与えるかをより深く理解することができました。今では、この脊髄の牽引が私の脳、脊髄、神経系全体に影響を与えていることがわかり、なぜ私が現在の症状を抱えているのか、私の身体における可逆的および不可逆的な損傷の結果を学ぶことは非常に興味深いものでした。終糸切断手術によって病気の進行を止められ、ほっとしています。手術から11年後、不可逆的損傷は残っているものの、その状態でも生きる術を見つけ、症状を悪化させる行動などは避け生活しています。 2018年に、アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルスにあるシーダーズ・サイナイ病院(Hospital Cedars Sinai)のワウター ・シーヴィンク(Wouter Schievink)医師による脳脊髄液瘻の治療を受けたことを、ここで言及しておきたいと思います。硬膜の 7 mm の裂傷を外科的に修復するため、シーヴィンク医師の椎弓切除術を受けました。 また、私の娘のように、終糸病患者の他の家族も終糸病を患っている可能性があることにも触れておきたいと思います。娘が5歳の時、その年齢の女の子としては異常な身体的異変に気づきました。私は終糸病の治療を受けていたため、娘にMRI検査を受けさせ、ロヨ医師に見てもらうことにしました。MRI 検査では、娘が終糸病であるという明確な証拠は示されませんでしたが、どのように病状が変化するか、特に思春期と脊柱の成長期によく観察するよう勧められました。10年後、終糸病の症状が現れたので、娘が15歳のときに2回目のMRI撮影を行い、この MRI検査の報告書から、病気の可能性があることがわかりました。 バルセロナでの診察で終糸病にかかっていることが確認でき、娘は2022年3月に終糸切断手術を受けました。治療から1年余りが経ち、娘はこの手術の恩恵を受けています。最も顕著な変化は、背中の痛みと頭痛の減少です。 改めて、ロヨ先生とバルセロナキアリ研究所のスタッフの方々の尽力に感謝したいと思います。この体験談を読んでくださり、ありがとうございます。私のこれまでの旅を共有することで、これを読んでいる方やその方の知り合いの方の役に立つことを祈っています。私は、神が私の体験談をもって、人々の終糸病という病気の理解を高めてくれることを願い、祈りを捧げます。 私の家族と私の人生を導いてくださった神に、感謝し続けたいと思います。 メリッサ・デン メールアドレス: [email protected] こんにちは、私の名前はメリッサ・デンです。42歳です。主人のダビッドと9歳のアイザック、7歳のクーパー、そして5歳のルシンダの3人の子どもと西オーストラリアのイーストキンバリーの小さなマンゴー農園のある所に住んでいます。 何人かの医者に診てもらい、2012年5月にやっとMRIによって小脳扁桃下垂(キアリ奇形)を患っていることがわかりました。オーストラリアの脳神経外科医には、症状が悪化した場合減圧術を受けるように勧められましたが、減圧術について調べてみると、オーストラリアにはその手術に深い経験を持った医師がいないことがわかりました。 私はキリスト教徒で日々神の教えと導きを求めて人生を歩んでいます。アメリカに私の病気に詳しい専門医がいると知り、何回も祈った末アメリカに私の診療情報を送ることにしました。減圧術に非常に抵抗がありましたが、神経が冒され症状がどんどん悪化し、このままでは子供の面倒を見ることすらできなくなってしまうと感じ、減圧術を受ける以外に方法はないと思いました。 「患者さんの声」に書かれている体験談がとても参考になり、私もだれかの助けになればと思いここで私の話を共有したいと思います。私の症状は、20年以上にわたる腰の痛み、15年にも及ぶ背中の焼けつくような痛み、手足の衰弱、右足のしびれと痙攣、頭蓋底の痛み(特にくしゃみやせきをした時)、日頃の疲労感、吐き気、動悸、頭痛、あご、ほお骨、目の奥の痛み、思考停止や記憶力の低下、喉の痛み、耳鳴り(バリバリという音や風の音)、乗り物酔い、気温の変化に弱く何度も体調を崩していました。ここに挙げた症状は初めのうちはあまり気にならない程度でしたが、日を追うごとにひどくなっていきました。 少しずつアメリカで減圧術の手術を受けるということに抵抗を感じ始めました。色々なことが起こり、その度に私は神が減圧術という道を望んではいないのかもしれないと思うようになりました。もう一度神に祈りを捧げました。教会や家族はもちろん、オーストラリア中から私のために祈ってくれる人がいました。祈りは神にとどき、神は私をバルセロナキアリ研究所のロヨ先生のもとに導いてくれました。2012年7月に診療情報とMRIをメールで送り、ロヨ先生と医療チームから、脊髄牽引症候群の疑いがあり終糸切断手術が必要であるとの返事が返ってきました。身体検査をせずにオンライン相談だけでは病名を確定するのは難しいため、キアリ研究所で神経学的検査を行ってから病名を確定できるとのことでした。 バルセロナで手術を受けるという道は、私の祈りに応えてくれた神によって開かれたものだと感じ、私と主人はオーストラリアを離れバルセロナへと向かいました。神経学的検査で病名が確定し、手術は翌日行われました。目を覚ますとすぐに体に起こっている素晴らしい変化に気づきました。手術によって病気の進行が止まっただけではなく、ずっと悩まされていた苦しみから解放されました。すぐ顔に変化が現れ、目は以前よりも大きく開いた印象を受けました。20年以上も患っていたいくつかの症状は消え、今私は生きる力と気力にあふれています。まるで新しい体を授かったようです。手術の効果は想像以上で、この結果は何より低侵襲外科手術のおかげです。現在、終糸切断手術を行っている医師はロヨ・サルバドール先生だけのようです。ロヨ先生の治療のおかげで、私は大手術を受けることなく病気の進行を止めることができました。バルセロナ滞在中、ロヨ先生やカタリナさん、そして医療チームのハイレベルなケアとプロ意識の高さを強く感じました。私のたくさんの質問に対して根気強く丁寧に答えてくださった医療チームの対応と優しさに深く感謝申し上げます。 この旅を導いてくださった神に賛美と栄光を。 ここに記した体験談を通して私と同じような状況に置かれている人たちに希望と導きを与えられますように。 メールアドレス: [email protected]
フランチェスカ・ヌルベズ(Francesca Nulvesu):アーノルド・キアリI型症候群、脊髄空洞症、脊柱側弯症、頭蓋陥入症、複数の椎間板症、終糸病

手術日:2020年12月15日。 体験談投稿日:2023年7月12日。 イタリア人 喜びの体験談 18歳の時に頭痛が原因で検査を受けていたところ、アーノルド・キアリI型症候群を患っていることがわかりました(ただ、最終的に頭痛は病気とは関係ないと言われました)。小脳扁桃の下垂はわずかで、症状もほとんどなかったので、複数の医師に手術するように言われましたが、私は当時の脳神経外科の先生の指示に従って、大後頭孔減圧術を受けずに経過観察を希望しました。22年間特に大きな病気をすることなく過ごし、子供二人を自然分娩で出産し、すっかりアーノルド・キアリ奇形を患っていることを忘れかけていました。 2020年3月に腸炎に感染したあと、バランス感覚を失い、首を動かしにくくなり、時々嘔吐するなど、恐ろしい体験をしました。常に頭は混乱状態で、両肩、首、頭蓋底部の痛みもあり、内耳炎かと思い耳鼻科に相談しましたが、すぐに違うことがわかりました。胃カメラ検査なども受けましたが、何の診断名は得られず、時間が経つごとに病状は悪化し、特に嘔吐は毎日のように起こりました。何年も前から心の隅においておきたかった病気の病状を見るため、MR検査を受けようとしたのですが、コロナウイルスによるロックダウンの時期と重なり、2020年9月になるまでMRI検査を受けることができませんでした。そして、残念なことに、病状は著しく悪化し、重度の脊髄空洞症と水頭症にかかっていることがわかりました。 何年もお世話になっていた脳神経外科の先生はもう診療していなかったので、イタリア中を周り、有名な脳神経外科医数名に診てもらいましたが、答えはいつも同じで、すぐに大後頭孔減圧術を受けるようにと言われ、怖くなりました。その時、子供たちは12歳と2歳でした。 病状はさらに悪化し、診てもらった先生の人間性に欠けた対応を受け、私はインターネットで検索し始め、バルセロナにあるロヨ先生のバルセロナキアリ研究所を見つけました。私はすぐに研究所に連絡を取ってMRI検査を送り、研究所スタッフの素晴らしい対応に感銘を受けました。返事を待っている間、バルセロナで手術を受けたイタリア人患者の友の会にも連絡を取りました。私の住んでいる地域の友の会の代表者に話を聞き、同じように手術を受けた人の連絡先も教えてもらいました。この代表者の方には、当時大変お世話になりました。 イタリアの医師からは、ロヨ先生がまるでペテン師であるかのように言われましたが、私は自分の直感と手術を受けた患者さんの話を信じることにしました。 2020年12月19日、イタリア語担当のジョイアさんの通訳のもと、バルセロナキアリ研究所のフィアヨス先生に手術をしてもらいました。 私が話を聞いた患者さんと同じように、当然私もすぐに病状の改善を感じるのだろうと期待していましたし、実際、最初はわずかながらも改善したのですが、その後は全て以前の状態に戻りました。何ヶ月も経ちましたが病状は変わらず、それどころか嘔吐はひどくなり、その頻度は1日4回に達しました。症状が出るたび疲れ果て、完全に力を失い、頭部と肩に激痛が走り、体が焼けそうな感覚を覚え、体が動かせなくなりました。体を洗うのは家族の手伝いなしにはできず、下を向くことができなかったので、靴ひもも一人では結ぶことはできませんでした。バランス感覚を失い、少しでも動くと嘔吐する危険性があったため、外出誰かに会うこともできませんでした。 バルセロナキアリ研究所からは、理学療法をするように言われていて、長い間、さまざまな理学療法士のところに行ったり、整骨院に行ったり、体操などもしようと試みたのですが、私の病状も複雑で、終糸病のことを知らない医師も多いことから困難でした。手術から2年間は、ソファーに座って暮らし、早くこの辛い日々が終わることを願っていましたが、時間が経てば経つほど、この状況から抜け出せないのではないかと不安になりました。 長い間、私が医療機関への受診を拒否し続けてからやっとMRI検査を受ける決心をし、バルセロナキアリ研究所で言われていたことが真実であることがわかりました。キアリ奇形も脊髄空洞症も、悪化していなかったのです。2022年12月、手術から2年が経った時、フィアヨス先生に診てもらいました。先生からは終糸病を理解している理学療法士を探し続けるように勧められました。当時はほとんど歩くこともできず、少しでも動くとバランス感覚を失い、嘔吐していました。 2023年1月、何度かインターネットで検索した後に、やっと私の病気について理解していて、治療の経験がある理学療法士を見つけました。先生は私がもう一度一人で立てるようにサポートしてくれる素晴らしい人間性を持った理学療法士でした。家族は私を必要としているし、私自身、再び生きることを熱望していて、でも本当に自分がまた自立歩行できるのか信じることはできませんでした。 週に3回の治療を1ヶ月半続けた後、私の人生はまた動き始めました。ある朝、主人に起き上がらせてもらったところ、私の姿勢が変わっていることに気づき、3年間続いたあの不安定な感覚がなくなっていることに気づきました。嘔吐は完全になくなり、混乱と頭のもやもやを起こしていた激しい圧迫感から頭が解放されました。フィアヨス先生には、術後は毎日の運動と正しい理学療法が必要だとはっきりと言われていたので、私は毎日一生懸命エアロバイクで運動しました。 今、私は再び自分の人生をコントロールできるようになり、車の運転や仕事を始め、これを書いている時は、ちょうど旅行から帰ったところです。特に疲れを感じることなく、元気にしています。右腕の筋力がまだ足りないのと、頭の動きによっては痛みが生じますが、特に気にならない程度で、これらの症状も今後改善できると確信しています。今も理学療法を続けていて、たくさん歩くようにしています。 この体験談は、愛する家族、私に勇気と希望を与えてくれた患者さん、バルセロナキアリ研究所のスタッフ、そして天使のような理学療法士と心理療法士とともに歩んだ、私が人生を取り戻すまでを記した物語です。病気は、私の存在のほんの一部に過ぎないと教えられました。人生は一回きりであり、素晴らしいので、ソファー暮らしでも笑顔を絶やさず、自分の病状を皮肉ったりしていました。 私の場合、ほかの患者さんより時間がかかりましたが、人生を取り戻すことができました。この体験談を通して、私と同じように曲がりくねった道を歩んでいる人に希望を与えることができれば幸いです。 連絡先: [email protected]
アンドレッサ・へジナ(Andressa Regina Eger):脊髄空洞症、複数の椎間板症

手術日:2016年7月14日。 体験談執筆日:2023年2月16日。 ブラジル人 ブラジル人のアンドレッサさんは、終糸切断手術から7年後の2023年2月に術後のMRI検査を行った後、驚いた様子で当研究所のスタッフと連絡を取り、「ブラジルの医師から、最新のMRI画像で脊髄空洞症がなくなっていると言われた」と述べられました。実際に当研究所の医療チームがMRI検査を確認したところ、本当に脊髄空洞症が消えていることがわかりました。 アンドレッサさんは、術前には鉛筆を持つのが難しいほど手の脱力感があったのですが、術後の現在は手先の器用さが求められる仕事に従事しています。 「体調はとてもいいです。椎間板ヘルニアによる腰の痛みが少しあるだけで、その痛みを毎日感じるわけではなく、体を動かした時のみ、例えば家中を一気に掃除した時に感じます。手の脱力感は若干ありますが、気にならない程度です。現在、あみぐるみを作る仕事をしていますが、術前は鉛筆を持つことさえ難しかったことを考えると、すごいことです。手術を受けて本当によかったです。手術を受けたことは私の人生で最良の決断だと思っています。」 アンドレッサさんのインスタグラムのアカウント: @atelieandressaregina
アナ・グレディ(Ana Greddy Acosta):キアリ奇形、脊髄空洞症、脊柱側弯症、終糸病

手術日:2022年9月15日。 ベネズエラ人 おはようございます。私と同じ診断を受けた他の患者さんにこうしてインスピレーションを与えることができ大変光栄です。バルセロナ研究所のこと、ロヨ先生のこと、そして終糸病について知っておくべき人がたくさんいるのではないかと感じています。 術後、体調はとても良く、朝の散歩もしていますし、姿勢に気をつけて、かがんだ姿勢などは一切せず仕事にも通っています。もちろんハイヒールも履いていません(ハイヒールが大好きなので、難しいですが…)。 ロヨ先生、フィアヨス先生、そして何よりサファさんに大きな愛を捧げます。私の人生の中で恐怖に満ちた辛い瞬間を、快適に乗り越えられるよう、手厚い対応をしてくださいました。 アナ・グレディ=アコスタ